衣装は大切に。
引き続き朝のお話です。日高姉妹は姉が 未来、妹が 未来となっております。
「しかしお前、どういうルートで来たんだ?なんでこんなところ探す羽目になるんだよ」
朝のHR終了後、当の本人と真崎を含む数人は坂本の上靴を捜索していた。現在探している場所は学校の中庭、普通に教室に来る分にはまず通らない場所だ。
「物には意志がないから日高の広域感知も頼れんし、どうしたもんかね。どの時点で無くなったか分かるか?」
「うーむ、下駄箱から出した時点ではまだあった」
「そこで既に無いならきっといじめられてるんだよ」
一風変わったこの渡世でも、上靴を隠すといういたずらは存在する。
「で、天井にぶつかって、中庭にはじき出されて、相原と衝突して、玄関に転送されて・・・」
「振り出しに戻されてんな。相原が妙に薄汚れてたのはお前が原因か。ってか、能力はもう少し冷静に使え」
どうやら怪我をするまいとむやみに能力を発動し、結果としてあちらこちらを転がりまわったようだ。
「それで、何とか教室に来たらなくなってた」
「その何とかの部分を思い出せ」
何故か一番大事な部分が省略されてしまっている。今のように来た道筋をたどって捜索するのはいいが、このままではもう一度玄関に戻ったあたりで手詰まりだ。
「相原、お前がこいつを玄関に転送した時点じゃまだ上靴はあったか?」
「わかんね。無かったら目につくはずだから履いてたとは思うけど・・・」
「そもそも通るはずのない中庭に出てる時点でなあ・・・この調子じゃどこを転がったか分かったもんじゃないし、この休み時間で見つけるのは無理だな」
「ぐぅ・・・一時間目、数学なのに・・・」
彼らのクラスの数学を担当している教師は服装に厳しい。しかし制服の改造や着崩しにはまるで無頓着で、正確には名札や上靴などのあるべき部品がないことに対して厳しいのだ。今回の坂本も基本的に自業自得なため、事情は分かってもらえたとしてもある程度の説教は免れないだろう。
「仕方ない、三浦に頼んで作ってもらえ。その場凌ぎだが説教は免れる」
「嫌だよ!説教くらうより酷いことになるじゃないか!」
彼らのクラスメイト、三原穂波は『黒猫・白兎』と呼称される幻覚能力を持っている。これは文字通り猫と兎の形を成した能力核を人に憑依させ、周囲の人間に実際の物とは異なる衣装を見せる能力だ。『黒猫』に憑依されると猫耳メイドの衣装になり、『白兎』に憑依されるとバニーガールの衣装になる。当然、自ら進んで取りつかれようと思う男は皆無に等しい。女でも決して多くはないだろう。
「あ、もう一ついいアイデアがあるぞ」
再び真崎が思い出したように言った。
「檜原に全身まとめて焼いてもらえ。真っ黒こげになれば上靴の一つくらい気づかれないさ」
「死ぬわっ!」
話題に上がったのは炎を操る能力者、檜原。ただしこの能力は発動に火種が必要だったり、自身も炎に変身できたりするので俗に言うパイロキネシスとは少し意匠が異なる。いずれにせよ炎を喰らえば大やけどをすることに変わりはない。
「さて、出揃った選択肢は説教、コスプレ、丸焼き。どれにする?」
「回避するはずの説教が一番まともな選択肢に見えてくる・・・!?」
「どうする?もう時間がないぞ」
「・・・説教だ!変人の烙印や焼死よりマシだっ!」
「そうか、残念だ」
「この野郎、人の不幸を・・・」
教室に戻ると、そろそろクラスメイト達が席に戻り始めている。坂本と真崎が席に着くと、日高(妹)が坂本の上靴が片方無いことに気が付いた。
「靴はどうしたの?」
「あー、来る途中落としちまってさ。苦難の果てに説教を受ける道を選んだよ」
「やめたほうがいい、と思う」
「え?」
「不機嫌な気配」
それを聞き、真崎は周囲の会話を耳を澄ませてみた。
『そういや聞いたか?あいつ、昨日息子と大ゲンカしたらしいぞ』
『聞いた聞いた。なんか受験する学校についてもめたらしいって与一が言ってた』
『うは、当たられちゃたまんねーな。名札忘れないでよかったぜ』
「どうすんだ、坂本」
「・・・吉岡!俺を思いっきり殴れ!脳震盪で保健室に運ばれてくる!」
「頼む相手を考えろ!スイカ割りにされるぞ!」
その真崎の懸念は正しく、吉岡の『戦鬼』は、発動中に力の加減はできないといっていい。リクエスト通りに殴ればスイカどころか粉微塵になるだろうし、かといって通常形態で殴っても保健室に連行されるような有様にはならない。つまり殴られ損だ。
「しかも授業聞き逃したら、後が大変だぞ。あいつ地味に教えるの上手いし」
「くっ・・・三浦ぁぁっ!」
かくして、一時間目の数学を受ける真崎たちのクラスメイトの中には、一人のバニーボーイが混ざることとなった。
「・・・確かに部品以外には無頓着だが、何事もないかのようにスルーはどうかと思うんだよな」
幻覚を解除された元バニーボーイ、坂本について話す真崎たち。当の本人は現在自分の机に伏せて殻に閉じこもっている。その有様を見ながら、立花照真が胸ポケットの生徒手帳を指して一つの話題を繰り出した。
「でもさ、知ってる?生徒手帳には『制服を着てこい』なんて一言も書いてないんだよね」
「ああ、知ってる。前は記入漏れかと思ってたが・・・今年になっても直ってないあたり、どうもわざとみたいだな。名札と上靴は指定されてるのに、服の項目が抜け落ちてる」
校内にはフリーダムな服装の人間が多数いるため、この手の話はたまに話題に上がる。それでも大多数が制服を着用しているのは、記載されていないから禁止されていないという屁理屈な考えを真面目に実行する勇気はないからか、単に制服のほうが便利がいいからだろうか。ちなみに真崎含むこのクラスのメンバーは後者が多い。
「じゃ、パジャマで来ても問題はないってこと?」
「恥ずかしくないんならな。幹本の餌食になることも考慮しておけ」
「女の子たちの部屋の匂いが染みついた普段着って、いいよね」
「そういえばこの問題があったわね・・・」
「制服を着ていない時間を共に過ごしてる衣装っていうのが更に想像力を掻き立てるよ」
「撃つわよ」
「いくら撃たれようが僕は折れない。寝るときは下着をつけないタイプの女の子がパジャマで学校に・・・ああ、想像するだけでいきり立つよ・・・!」
「死っねぇぇぇぇっ!」
全く自嘲しない彼に弾丸でインターセプトを入れた照真と、恍惚の表情で銃撃を喰らう幹本。これからも私服で来る女子生徒はいないだろうなと誰もが思った。
「私服で来るの奴が少ないのは、デザインがいいのもあるんじゃないか?大して派手でもなくて、その割に適度に浮世離れしてる」
真崎のそんな意見に、北里愛理がまず同意した。
「だよね。可愛いし、脱がせやすいし」
それを聞いて傍にいた御堂結城が逃げ出した。
「む、鋭い・・・」
「やめてやれ。だいぶ精神を消耗してるから」
結城の逃げた方向を睨む愛理はともかくとして、デザインの点では全員がほぼ同意見だった。
「男子の制服は俺らの立場からじゃ分からんが、女子の制服は確かに可愛い。妙なオプションなしでも十分にいける」
と、吉岡が照真の方を見た。
「そうそう、改造自由なのもポイント高いよな」
と、相原が照真の方を見た。
「言いたいことがあるんならはっきり言いなさいよ」
照準能力だけで純粋な戦闘力を持たない照真は、護身用に殺傷能力を無くした小銃を使っている。先ほど幹本を蜂の巣(穴は開いていない)にしたあれだ。小型とはいえポケットに入れるにはいささか邪魔になることから太ももに専用のホルスター(購買部にて販売中)を装備しており、加えてそれを引き抜くのに邪魔にならないようスカートの丈を短くしている。
「いや、アクセサリーとかビジュアル重視の改造とはかけ離れた方向に進んでるなーと思って」
「そうそう、どうせオプション付けるならもっときらびやかにだな・・・」
瞬間、二人の頭部を緑の光軸が掠めていった。
「野暮ったいとでも言いたいの?ってか、着飾っても見せる相手なんていないじゃない。不特定多数の気を引いて楽しむほどわたしは軽くないわ」
「軽いのは身の上じゃなくてトリガーだな」
真崎の呟きに、再び全員が同意する。照真本人もどうやら自覚があるようだ。
「いいじゃないか、結果としてスカートの丈が短くなっている・・・僕らのすることは何一つ変わらないんだよ」
「うわ、もう復活した・・・」
アンデットのごとく再び動き出す幹本。第一声がスカートの丈のことなのはともかくとして、先ほどの乱れ撃ちを喰らってから今に至るまで約2分。《イミテーション》機構の撃ちだす弾丸に実弾さながらの威力があることを考えれば驚異的な回復力である。伝染る18禁といいこの回復力といい、たまにしか使わない所有超能力よりも(悪い意味で)よく目立つ能力だ。
「見えそうで見えない太ももに執着して、銃を抜く瞬間にめくれ上がるスカートに興奮して、階段を昇る時にスカートを少し押さえるしぐさに萌えればいい!」
「そうさ、バニーなんて非現実的な恰好じゃなくていい、日常に存在する動作の一つ一つがたまらなく愛おしいんだ!」
「わぁ、こっちも復活しやがった」
精神的ダメージを会話の断片が与える想像力が上回ったらしく、机に伏せていた坂本が復活した。
「それは違うぞ坂本!非現実的なものだって必要なんだ!メイド服でも、巫女でも、バニーでもいい・・・そこにないものを求めることこそ、男の義務だ!」
「呼んだ?」
咆哮を上げる吉岡に反応してか、すべての元凶とも言える三浦が現れる。足元には半透明の猫と兎が無数にまとわりついており、騒ぎを大きくするつもりしか窺えない。
「どうすればいいの、これ。もう収拾がつかない予感がするんだけど」
「撃てばいいと思うよ」
銃を持ってうろたえる照真と、彼女をあおる真崎。
「やれるもんならやってみろ!こっちは今日の登校中に自動反射の能力を身につけたんだ!」
「見よう見まねの二番煎じがうまくいくわけないでしょうがっ!くたばれ、変態!」
「無駄だ!」
照真が坂本の脳天めがけて放った弾丸は、なるほど反射された。ただし照真に向かってではなくあさっての方向、もっと言うなら照真が銃を抜く瞬間を凝視していた吉岡の眉間に向かって飛び、見事に直撃した。
「てめえ、いくら男が画面に映るのが嫌だからってあんまりだ!」
『戦鬼』の力を足に込め、坂本に飛び蹴りを放つ吉岡。砲弾の如き速度で目標に向かって飛んだ彼は坂本の能力に弾き飛ばされ、その速度を保ったまま幹本を射線に捉える羽目になった。
「防御障壁作動」
「がっは!男には容赦ねえ・・・っ!」
幹本の展開した不可視の防御壁に叩き付けられ、撃ち落とされた鳥のように床に落下する吉岡。
「・・・上等!そのハッタリ、いつまで持つのかしらね!」
「やめろバカ、周りが危ない!」
真崎の忠告は耳に入らなかったらしく、正確に眉間めがけてトリガーを引きまくる照真。その弾丸は反射されて四方八方に飛び散り、もはや流れ弾というレベルじゃない。
「ストップ、照真ちゃん!」
照真の危険な行動を止めるべく愛理が瞬間移動で背後に潜り込み、その胸を鷲掴みにした。
「・・・Bか」
「あんたも共犯かぁぁぁっ!」
「うわ、危なっ!」
零距離射撃を瞬間移動で回避した愛理。目標を見失った弾丸はそのまま直進し、真崎の右頬をかすめた。
「どうしよう、これ。いや、確かに煽ったのは俺なんだけどね」
二人に増えた照真のターゲットは、片やでたらめな方向への反射能力、片や周囲のことを考えない瞬間移動で弾丸を躱しまくるため、もはや教室に逃げ場はない。賢明な生徒はすでに室外に退避しており、ただ二人だけ残っている日高姉妹は、姉の念動力で張った防御膜の中から感情の読み取れない瞳を騒ぎの元凶たちに向けている。はた迷惑な反射やはた迷惑な瞬間移動に比べ、ただ受け止めるだけの彼女の防御膜がなんだかやけに良心的に見えた。
「なんということでしょう、ほんの少し目を離した間にのどかな教室が戦場に」
新たに現れたのは、トイレに行っていたため不在だった檜原花梨だ。外にいる一般生徒達から事情を聞いたらしく、既にライターを火種に使い着火状態となっている。
「で、どういう状況?」
「変態達の宴が絶賛開催中だ。手が付けられん」
「混ざっていい?」
「・・・そうだな。ただし、やるなら徹底的に」
「あはっ、了解!」
彼女が楽しげに笑うと、その体が形を失って炎の塊と化し、空中に舞い上がる。天井に到達したその炎が騒ぎの真上に再び花梨を形作ったが、小競り合いを続ける彼らは最後までそれに気づかないままだった。
「フォールディーング・ファイアー!」
――例えて言うなら、ナパーム弾を思い浮かべてもらえると分かりやすいかもしれない。地面に触れると同時に、爆発したかのごとく炎と化した花梨。発生した炎は教室全域を巻き込み、背後からの攻撃には対応できなかった坂本を始め、襲撃に気が付かなかったために瞬間移動の間に合わなかった愛理、坂本と同じく防御壁の横から回り込んだ炎を受けた幹本、そもそも広範囲攻撃の防御方法を持たない吉岡・朝日など、その場にいた騒ぎの元凶たちをこんがりと焼いた。
「・・・上手に焼けました?」
「いや、生焼けだろうよ」
「爆発オチって、斬新?」
「一周回って新しいかもな」
一方、日高(姉)の防御壁に潜り込んで巻き添えを避けた真崎。彼女の防御壁は全方位対応のため、幹本や坂本のような哀れな事態にはなりえなかった。姉妹の天然なコメントに返事をしつつ、花梨の軽率な行動の生んだ末路を見てみる。
「さすがの大火力だが・・・うん、制服も無駄に頑丈だな」
炎で炎上を止めるとは、これまたなんとも斬新な方法ではないだろうか。それでも衣類は燃え尽きていないあたり、制服が多数派の理由の一端があるような気がした真崎だった。