2年E組の朝。
4月16日、今日もいつも通りの1日が始まる。
「・・・へえ、珍しいこともあるもんだな」
何の変哲もない渡世学園生徒、真崎は手元を見ながらそう呟いた。そこにあるのは、ワンセグチューナーをくっつけた携帯ゲーム機だ。
「何だ?なんか面白いニュースでもあったのか?」
「見てみろ。面白いかどうかっつうと、まあ笑える話じゃないな。交通事故だ」
そう前置きし、真崎は後ろから頭だけ覗かせたクラスメイトの目の前にゲーム機を出した。
『――先程、居眠り運転をしていたトラックが、登校中の中学生に轢かれるという事件が発生しました』
耳を、もしくは目を疑ったならその感性はおそらく正しい。しかし、この渡世学園在する渡世町では残念ながら普通にありうるニュースの一つなのだ。
『運転手の男性(47・運送業)は、『何が起きたか分からない。気がついたらトラックが潰れていた』などの供述をしており、ぶつかった生徒は『メタル化・物理反射装甲』などという渡世学園生らしい意味不明なコメントをした後、学校に遅れるという理由で立ち去りました。なお、これは渡世町において今年初の交通事故であり――』
「かわいそーに。このへんで居眠り運転するってことは、この人県外から来たんかな?」
「だろうな。事情を知ってる奴ならそんな無防備なことはしない。ところでいいのか、あれ」
真崎とともにニュースを見ている男子生徒、相原智樹。彼は現在、真崎の肩越しに頭だけがのぞいている状態である。そう、頭だけなのだ。彼は空間に穴をあけて二点を繋ぎ、物体を転送することのできる能力者だ。この状況は本体の首から上だけを転送した故の光景であり、ちなみに無防備な本体は今まさにクラスメイトのいたずらの対象になろうとしている。
「おい、なんで俺のズボンを下ろしてんだ?何で下ろしたズボンで俺の両足を縛ってんだ?なんでシャツを脱がして両手を縛ってんだ?なんで窓を開け――やめて!投げないでぇぇぇぇっ!」
懇願むなしく完全拘束状態で窓から捨てられる相原(本体)。同時に首が消失したのはその能力で本体を守りにいったからだろう。
「・・・朝から、またやってるね」
「本体をほったらかして首だけ出すから。ま、死んじゃいないさ」
「そうだろうけど・・・事情を知らない人が見たら、立派な殺人だよね」
フレームアウトした相原と入れ替わりに教室に入ってきたのは、御堂結城という女子生徒だった。体の凹凸はあまり大きい方ではないが、そのぶん陸上やテニスなど屋外スポーツの似合う健康的な魅力を持っている。きれいな群青色の髪をショートにまとめているのも彼女をそう見せる一因だろう。ともかく、妙に筋肉質なこと以外特筆するところのない相原を見ているよりもよっぽど目の保養になりそうだ。
「あ、おはよう。御堂さん」
「う・・・おはよう、幹本君」
そんな彼女の顔が、一人のクラスメイトを前にして引きつっている。対象は幹本英次。男子にしては割と小柄で、158センチの御堂結城より少し大きいくらいだ。顔だちも悪くないため、黙っていれば非常に人気がある。・・・あくまで、黙っていれば。
「今日も男の本能を激しく刺激する良い身体だね。ちょっとムラムラしてきたから脱いでいい?」
返答を待つ気配もなくベルトを外した幹本の背後で、甲高い発砲音が響き渡る。同時に彼の後頭部に緑色の光軸が直撃し、その体が前のめりに倒れた。発砲したのは、教室前側のドアから入ってきたためにちょうど幹本の背後をとる形になった女子生徒、立花照真。特徴的なのは茶色い髪をつむじの少し下辺りでまとめた、いわゆるポニーテールと呼ばれる髪型だ。右手に持ったハンドガンには非殺傷性のエネルギー弾を撃ち出す『イミテーション』と呼ばれる機構が搭載されている。ちなみに、これには他にもライフルやショットガン、ナイフや刀など多彩な種類があり、いずれもこの学校の購買部で普通に売っている。
「・・・容赦ねえのな、お前・・・」
「放っておくわけにもいかないでしょ、この歩く18禁を」
「しかも下手したら伝染るからな」
経験者の声として『彼と同じクラスになってから、周囲全てがエロく見えるようになりました(吉岡義仁・13歳)』等がある。これに対しては“お前は元からだろ”といった類の突っ込みが必要だが、実際に幹本英次が人を汚染することは間違いない。しかし、彼の能力は対艦ミサイルすら平気で跳ね返す障壁を作るもの(今回は背後からの不意打ちのため未使用)なので、他人に変態を伝染すことは能力と特に関係はない。
「気を付けろよ御堂、お前は妙にモテるんだからさ」
「変な人達にばっかり、ね・・・」
「そうじゃない。このクラスに変なのが多いから、割合的に変人にモテるように見えるだけだ」
「そんな冷静に分析しても、今ある現実は変えられないじゃないか・・・」
結城が妙に哲学的に愚痴っていると、席に着いていた一人の女子生徒がぽつりと呟いた。小柄な身体と、流水の如き見事なつやのあるロングヘア。何より特筆すべきこととして、側には彼女と全く同じ背恰好の女子生徒がもう一人いた。双子の能力者、日高 未来と日高 未来だ。同じ顔と同じ髪型、そして同じように無口なため、見た目で区別できる人間はまずいないだろう。ただし所有能力だけは違い、妹の未来が持つのは広域感知能力、つまり周囲の物を目を使わずに把握する能力だ。対して姉の未来は物体に触れずに干渉が可能な、いわゆる念動能力を持つ。余談だが、名前に使う字まですべて一緒のため出席簿には日高(姉)日高(妹)と記載されている。
「・・・狩人の気配。獲物は女の子みたい」
それを聞いた御堂結城が、突如走り出した。
「僕は・・・僕はノーマルだぁぁぁっ!」
凄まじい速度で逃げ出した彼女もまた能力者である。その印象に似合う能動系の能力、動作の超高速化だ。あまりの早さゆえに、なぜ彼女が床に押し倒されているのかを理解したものはごく僅かだろう。
「つーかまーえたー・・・っ」
「ひいぃっ!助けて!誰かっ!」
結城を押し倒し、マウントポジションをとっているのは、瞬間移動の能力を持つ北里愛理だ。無類の女好き、特に結城には愛情といえる感情を向けるこの生徒は、黒目がちの瞳とツインテールにくくったさらさらの髪が特徴の、一般的な基準で言うところの美少女である。
「なんでそんなに逃げようとするのよ?ただのスキンシップじゃない!」
「それは手とか顔とかの肌に触れることを指すものだと思うよ!服の下とかになるとまた別のジャンル――」
ちょうど教卓の陰にいるため、二人の姿はクラスメイトからは見えない。それを差し引いても誰も気にかける様子がないのは、彼女のハードスキンシップが日常茶飯事だからに他ならない。
「照真、新世紀エヴァンゲリオンって知ってるか?」
「該当しそうなシーンが三つほどあるわね」
ここは超能力者達の楽園、渡世学園。HRが始まるにはまだ少し時間があるくらいの、そんな朝の一コマだった。
「そういや、吉岡と坂本がまだ来てないな。檜原と三浦もか」
真崎がふと、思い出したように呟いた。地面に転がる幹本英次。光の消え失せた瞳にうっすら涙を浮かべる御堂結城と、その横で輝くような笑顔を浮かべる北里愛理。妙に小汚い恰好で帰ってきた相原智樹。多少騒がしいのはいつものことだが、本来ならここにいるはずの災いの種がいくつか見当たらない。ひょっとして欠席か?と一瞬考え、次についさっき見たニュースを思い出した。
「・・・あ」
トラックを轢く中学生。困ったことに、このクラスにも二人ほど該当しそうな人間がいた。
一人は吉岡義仁、常軌を逸した筋力と頑強さを発揮する身体強化の持ち主だ。その際に皮膚が赤く変色したり額に水晶に似た質感の小さな角が生えたりなど、通常の身体強化には見られないその特徴から『戦鬼』と呼称されている。聞く人はみな一様に中二病だと笑い、見た人はみな一様に凍り付く。真崎が見た中で一番とんでもないのは、下校中に歩道目がけて突っ込んできた自動車を片手で掴んで持ち上げ、空き地に向かって投げ捨てた場面だった。全治二週間の怪我を負ったその運転手が何故そんな事をしたのかは今もって分からないが、自殺志願者か何かだったのだろうと真崎は思っている。
もう一人は坂本弾といい、触れた物の運動エネルギーを消去して任意のベクトルで再添付するというどこかで見たような能力を持つ。自身に飛んでくる物全てを無条件で弾き飛ばすことも可能な無敵の防御スキルだが、なにぶん本人が非常におバカなため応用範囲は極端に狭い。再添付の際には更にエネルギーを自分で足すこともでき、頑張れば空も飛べるかもしれない能力なのだが、やはり発現する人間が間違っていたと言わざるをえないだろう。
ニュースはその事件がいつ頃起きたかを言っていなかったが、事故を起こして足止めを喰らったというなら多少遅いのも説明が付く。そう考えていると、ベランダに一人の男子生徒が飛び込んできた。
「うっす、真崎」
「おはよう。どこから入ってきてんだお前は」
やって来たのは一人目の容疑者、吉岡義仁。『戦鬼』による脚力強化を使って一階からこの三階まで跳んできたようだ。ちなみにこの手段、人混みを避けられ、時間的にもかなりの短縮になるので同じ事をする生徒も割といる。そのためよく見る風景ではあるが、常識的な光景ではない。
「ところで吉岡、来る途中にトラックとぶつからなかったか?」
「んー?ぶつかりはしなかったが、一台飛んできたから蹴り飛ばしたな」
「・・・そっちはそっちで気になるね」
「あれは、横断歩道を渡り終ってすぐの事だったが――」
「よっし間に合った!さすが俺、意外と余裕じゃん!」
吉岡の話を豪快に中断し、もう一人の容疑者坂本が現れた。制服には泥や小枝が付き、額からは血が流れ、上靴が片方なくなっている。
「何があったし」
「ふふ、聞いて驚け。今日、登校途中の俺はインタビューを受けた」
「事情聴取の間違いだろう」
聞いてみるまでもなく、犯人が特定された瞬間だった。
「そして時計を見ると、いつもの俺なら間に合わない時間になってしまっていた・・・だが!さすがは俺、この能力を使って時間を短縮することを思い付いた!」
「日頃から使ってないからそんな有様になるんだと思うよ」
愛理は瞬間移動で学校までやって来るし、結城もよく車道を(車以上の速度で)走って登校している。たった今飛んできた吉岡も同様だ。
「田を蹴り木を貫き、コンクリートの壁を掴み、俺は飛んだ」
「誇張表現が入ってるね」
多分、田に沈み木に刺さり、コンクリートの壁に激突して跳ね飛ばされたというのが正しい道程だろう。
「で、廊下を移動する最中に上靴を落としました」
「分かったよ、一緒に探してやる。それで今日の朝だが、トラックとぶつかったよな?」
「ああ、直撃したよ。居眠り運転みたいだったから、目覚ましも兼ねて『矢印』で弾き飛ばしてやったけどね」
このエネルギー消去・再添付の能力、本人は『矢印』と呼んでいる。物に触れた瞬間に矢印が見え、その方向を他所に向けることによって能力が発現するからだそうだ。
「どう考えても起こす気ねえよな。より深い眠りに誘ってる。・・・ん?弾き『飛ばした』?」
吉岡は先程、『飛んできた』トラックを蹴ったと言っていた。車が一方的に被害を受けるだけのこの町では運転手も用心深く、今回のような事故はめったに起こらない。そうなると・・・。
「・・・共犯か、お前ら」
坂本が『矢印』で弾き飛ばす→吉岡が『戦鬼』で蹴り飛ばす。これが事故の一連の流れだろう。彼等もそうしなければ自身が危なく、やはり一番の原因は居眠り運転をしていた運転手なのだが、これは事故というよりもはや人災だ。
「一応確認するが、どこでそのトラックとぶつかった?」
「俺は、渡世四丁目の交差点だった」
「坂本と同じ・・・あれ?ひょっとしてあのトラック、お前が飛ばしたのか?」
「何か不自然に変形したなーと思ってたけど、お前がやったのか。なるほど」
お互いを目視できる位置にいながら、お互いが起こしたアクションに気付かず去る。ニュースを見ていただけの傍観者よりも遅く気付くあたりがなんとも彼ららしい。無自覚な共犯者達を見て、教師陣から何も言われなきゃいいがと思った真崎だった。
閲覧いただきありがとうございます。
この後も襲い来る巨悪と闘ったり未曽有の災害を食い止めたりというのは一切ございません。ご容赦ください。