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水面の蝶  作者: 沖津 奏
21/37

21 ご挨拶

「あー、お前ら、まず・・・」

 兵達は息を飲んだ。シレリア島に来ての上官の最初の命令。

「あの岩陰に本陣を張る。それから、こことここにも陣をつくる」

 地をコツコツと叩く。

「二手に分ける。陣を張る部隊と、あと一つ。これは重要だ」

 そう言って背を向け、近くの茂みをごそごそと探った。皆首を伸ばして見ている。

「あ、いた」

 そう言って振り返ったユリシーズは木の枝で大きな芋虫を挟んでいた。

「うっ」

「げっ」

 なんとか逃れようと、芋虫がもにもにと動く。大きい。大人の男の中指の先から掌の端までありそうだ。直径もそこそこある薄緑色のそいつは、お世辞にも可愛いとは言えなかった。

「こいつをなるべく多く集めろ」

 ジュリアンがおそるおそる手を挙げた。

「あのー・・・准将。それ、どうするんですか?た、食べる・・・とか?」

「馬鹿者っ、こんなもの食えるか!」

 ユリシーズは芋虫を大きな木箱の中にそっと入れた。蓋をする。

「こいつはマキマユガの幼虫だ。強い衝撃を与えると、口から汁を出すんだが・・・くれぐれも素手で触るなよ。少量ならかぶれる程度だが、あまり体内に入ると死ぬぞ」

「なぜそんなものを?」

 ユリシーズはにやっとした。

「さて、お楽しみだな。集まったら挨拶に行くか」

「誰にですか?」

「決まってるだろう。アーリェスさ」


 日暮れ前には二つの木箱にぎっしりの幼虫が集まった。本来マキマユガはこの地に生息していないのだが、何者かが持ち込んだらしい。すっかり増えてしまった。

「うえ・・・絶景だな」

 さすがにユリシーズも気持ち悪そうにしている。


「いいか、くれぐれも離れるなよ」

 ジュリアン、ファビウスを含む十一騎を率いてユリシーズは陣を出た。あの幼虫の入った箱と大きな布、長い紐も持っている。


 途中、わざといろいろな所へ寄り道した。フリジアに残っていたシレリア島の地図は古く、自然災害で地形の変わっていた所もあった。いちいちそれを確認していく。


 木々に覆われた小高い崖の上で、ユリシーズがジュノー海軍の陣を見ながら言った。

「いいか、ここからは作戦通りだ」

 低地の開けた丘に、本陣が見える。

 一旦崖を降りて、ぎりぎりまで近付いた。大きな布に幼虫を移し、くるんで木の上に固定した。二騎にそれを任せ、十騎でわざと目立つように行動した。すぐに小隊がやってきて取り囲まれた。

「ふん、フリジアの犬。こんな所で何をこそこそしておる?下見に来るなど、よほどこのアーリェスが怖いと見える」

 ユリシーズは驚いた。これが、アーリェス。たしかに大将の階級章だ。

「これはこれは・・・大将自らお出ましとは光栄の限りでございます。私はフリジア海軍准将、ユリシーズ=オークと申します」

「何・・・」

 ユリシーズ馬上で優雅にお辞儀をしてみせた。

「普段戦場でアーリェス殿のお顔を拝見することがなく・・・自分の相手の顔も知らずに戦うのもいかがなものかと、こうしてご挨拶に参りました」

「ふん。犬にしては感心だ。しかし、嘗められたものよ。この私の相手が准将風情とは。貴様の首は真っ先にフリジアへ送ってやろう」

「出来たら、の話ですがね。ではアーリェス殿、今日は挨拶に参りましただけですので、私はこれにて」

 ユリシーズは手綱をとった。

「待てい」

 フリジアの十騎の動きが止まる。

「せっかくそんな無防備なままで私を侮辱して・・・無事に帰れると思うなよ?」

 ユリシーズは笑った。

「さあて、何のことでしょうか・・・ね!」

 同時にユリシーズは空に向けて銃を撃った。空砲だったが、ジュノー海軍は驚いた。そのすきに十騎が一斉に走り出す。アーリェスはすぐさま立て直した。

「追え!」


 十騎はわざと速度を緩めて走った。仕掛けの下を通る。すぐ後ろにアーリェス率いる騎馬が迫る。しかし、フリジアの十騎が駆け抜けたところで、ばらばらと降ってくるものがあった。服に触れると、少し湿っぽい。

「なっ・・・これは・・・」

「ぎゃあああ、マキマユガだああ!」

「ひいいい、目に入ったあああ!」

「何でここに・・・・!」

「うわあああ、何でこんなたくさん!?」

「た、た、助けてくれえーっ!」

 ジュノーの兵達は馬から降り、逃げ惑う。

「くそっ、罠だったか!コケにしおって!」

 だがもう立て直すのは不可能だ。

「ええい落ち着け!すぐに水で洗うんだ!」



 十二騎は息を切らせながらその様子を、再び崖の上から見下ろした。

「ははっ、アーリェスの奴。准将などと侮りおって!ざまを見よ!」

 十二人は笑っている。

「本当に小気味いいですな」

「ええ・・・しかし准将、よくマキマユガなどご存じでしたね」

「ああ・・・私の家には、古今東西の薬と毒に関する本が全て揃っているからな」

 本陣に帰っても、その話で皆が笑っていた。

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