21 ご挨拶
「あー、お前ら、まず・・・」
兵達は息を飲んだ。シレリア島に来ての上官の最初の命令。
「あの岩陰に本陣を張る。それから、こことここにも陣をつくる」
地をコツコツと叩く。
「二手に分ける。陣を張る部隊と、あと一つ。これは重要だ」
そう言って背を向け、近くの茂みをごそごそと探った。皆首を伸ばして見ている。
「あ、いた」
そう言って振り返ったユリシーズは木の枝で大きな芋虫を挟んでいた。
「うっ」
「げっ」
なんとか逃れようと、芋虫がもにもにと動く。大きい。大人の男の中指の先から掌の端までありそうだ。直径もそこそこある薄緑色のそいつは、お世辞にも可愛いとは言えなかった。
「こいつをなるべく多く集めろ」
ジュリアンがおそるおそる手を挙げた。
「あのー・・・准将。それ、どうするんですか?た、食べる・・・とか?」
「馬鹿者っ、こんなもの食えるか!」
ユリシーズは芋虫を大きな木箱の中にそっと入れた。蓋をする。
「こいつはマキマユガの幼虫だ。強い衝撃を与えると、口から汁を出すんだが・・・くれぐれも素手で触るなよ。少量ならかぶれる程度だが、あまり体内に入ると死ぬぞ」
「なぜそんなものを?」
ユリシーズはにやっとした。
「さて、お楽しみだな。集まったら挨拶に行くか」
「誰にですか?」
「決まってるだろう。アーリェスさ」
日暮れ前には二つの木箱にぎっしりの幼虫が集まった。本来マキマユガはこの地に生息していないのだが、何者かが持ち込んだらしい。すっかり増えてしまった。
「うえ・・・絶景だな」
さすがにユリシーズも気持ち悪そうにしている。
「いいか、くれぐれも離れるなよ」
ジュリアン、ファビウスを含む十一騎を率いてユリシーズは陣を出た。あの幼虫の入った箱と大きな布、長い紐も持っている。
途中、わざといろいろな所へ寄り道した。フリジアに残っていたシレリア島の地図は古く、自然災害で地形の変わっていた所もあった。いちいちそれを確認していく。
木々に覆われた小高い崖の上で、ユリシーズがジュノー海軍の陣を見ながら言った。
「いいか、ここからは作戦通りだ」
低地の開けた丘に、本陣が見える。
一旦崖を降りて、ぎりぎりまで近付いた。大きな布に幼虫を移し、くるんで木の上に固定した。二騎にそれを任せ、十騎でわざと目立つように行動した。すぐに小隊がやってきて取り囲まれた。
「ふん、フリジアの犬。こんな所で何をこそこそしておる?下見に来るなど、よほどこのアーリェスが怖いと見える」
ユリシーズは驚いた。これが、アーリェス。たしかに大将の階級章だ。
「これはこれは・・・大将自らお出ましとは光栄の限りでございます。私はフリジア海軍准将、ユリシーズ=オークと申します」
「何・・・」
ユリシーズ馬上で優雅にお辞儀をしてみせた。
「普段戦場でアーリェス殿のお顔を拝見することがなく・・・自分の相手の顔も知らずに戦うのもいかがなものかと、こうしてご挨拶に参りました」
「ふん。犬にしては感心だ。しかし、嘗められたものよ。この私の相手が准将風情とは。貴様の首は真っ先にフリジアへ送ってやろう」
「出来たら、の話ですがね。ではアーリェス殿、今日は挨拶に参りましただけですので、私はこれにて」
ユリシーズは手綱をとった。
「待てい」
フリジアの十騎の動きが止まる。
「せっかくそんな無防備なままで私を侮辱して・・・無事に帰れると思うなよ?」
ユリシーズは笑った。
「さあて、何のことでしょうか・・・ね!」
同時にユリシーズは空に向けて銃を撃った。空砲だったが、ジュノー海軍は驚いた。そのすきに十騎が一斉に走り出す。アーリェスはすぐさま立て直した。
「追え!」
十騎はわざと速度を緩めて走った。仕掛けの下を通る。すぐ後ろにアーリェス率いる騎馬が迫る。しかし、フリジアの十騎が駆け抜けたところで、ばらばらと降ってくるものがあった。服に触れると、少し湿っぽい。
「なっ・・・これは・・・」
「ぎゃあああ、マキマユガだああ!」
「ひいいい、目に入ったあああ!」
「何でここに・・・・!」
「うわあああ、何でこんなたくさん!?」
「た、た、助けてくれえーっ!」
ジュノーの兵達は馬から降り、逃げ惑う。
「くそっ、罠だったか!コケにしおって!」
だがもう立て直すのは不可能だ。
「ええい落ち着け!すぐに水で洗うんだ!」
十二騎は息を切らせながらその様子を、再び崖の上から見下ろした。
「ははっ、アーリェスの奴。准将などと侮りおって!ざまを見よ!」
十二人は笑っている。
「本当に小気味いいですな」
「ええ・・・しかし准将、よくマキマユガなどご存じでしたね」
「ああ・・・私の家には、古今東西の薬と毒に関する本が全て揃っているからな」
本陣に帰っても、その話で皆が笑っていた。




