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水面の蝶  作者: 沖津 奏
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02 紫の華

「義父上!」

 フリジア王国海軍准将の制服を着た、十七、八歳の青年がいる。いや、本当は女性だ。だが、そうと知る者は少ない。髪は黒く、首の後ろで一つに束ねている。ダークグレーの瞳がきらりと光る。

「ユリシーズ!」

 応えたのは、セオドア=オーク中将だ。

「ただいま戻りました!」

 そう言うと、オーク中将に飛びついた。オーク中将はその頭を撫でる。使用人達は微笑ましそうに見ている。

「よく無事で帰って来た。昇進おめでとう」

 ユリシーズは嬉しそうに目を細めた。

「本当に無事で何よりだ、ユリシーズ・・・いや、アリア・・・」

 ユリシーズの顔が少し強張った。本当はフリジアの人間ではない。桜火国の者だ。だが、オーク中将が戦闘で一人になったユリシーズを助け、フリジアへ連れて来て養育し、海軍司令官になった。以来、男としてユリシーズ=オークを名乗っている。本当の名前は分からない。代わりにオーク中将は、アリアという名をくれた。

 そのユリシーズは先日、ジュノー王国にあるパドールという土地を支配下において准将に昇進したのだった。

 すっかり日が暮れてから、夕食の仕度の整ったテーブルについた。オーク中将はまだ結婚していないので、広い屋敷は静かだ。食前の祈りを捧げ、乾杯の後、ユリシーズの土産話に花を咲かせた。一段落つくと、オーク中将はユリシーズを見つめた。

「アリア・・・」

 オーク中将は二人の時は、ユリシーズとは呼ばない。

「ここへ来て、良かったか?」

 ユリシーズはきょとんとした。すぐに微笑む。

「ええ」

 疑問などない。ここしか知らない。けど、あの時あの瞬間、この人に出会えたことを神に感謝する。欲を言えば、もっと違う形で会えたなら。この想いを墓場まで持って行かずに済んだのだろうか。


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