冷めたカブのポタージュと、ほころびた裾
冷めたカブのポタージュと、ほころびた裾
胃の奥がきりきりと縮み上がるような苦さを覚え、私はテーブルの端に置かれたスープ皿を見つめた。秋の夕暮れどきで、窓の外の庭には紫色のリンドウが冷たい風に小さく揺れており、昼間に煮込んでそのまま放置されたカブのポタージュには、すっかり白くて硬い膜が張っている。温め直す気力も湧かず、袖口のほつれた麻の仕事着のまま、インクで黒く汚れた人差し指の腹を親指で何度もこすり合わせた。
「ねえミレイユ、今日の夜会にはその泥臭い恰好で来る気じゃないだろうね?」
そう言って執務室の重い樫の木の扉を乱暴に開けたのは、私の婚約者であるユリシーズだった。彼はきらきらと光る金糸の刺繍が入った青い礼装に身を包み、胸元には甘ったるいバニラのような香油をたっぷり染み込ませたハンカチを覗かせている。
鼻をつく強烈な匂いに胸焼けがして、思わず鼻頭にしわが寄った。彼の背後には、薄桃色のフリルを幾重にも重ねたドレスを着た男爵令嬢のエルマが、おずおずとした様子で隠れるように寄り添っている。羽ペンを乱暴に机へ放り出し、椅子の背にもたれかかりながら、この男はいつも自分が一番輝いて見える角度ばかり気にしているのだと呆れ果てた。
「ユリシーズ様、私はまだ領内の治水工事の台帳を点検している途中です。昨夜届いた干しアンズの木箱もまだ倉庫に運んでいませんし、そもそも今夜の夜会へ私を呼ぶ予定など手帳にありませんでした」
小馬鹿にされた苛立ちが指先までじんじんと広がり、手元にあったインク壺を勢いよく引き寄せた。机の上には三日前に食べた黒パンのひとかけらが干からびて転がっており、夕日がそれを赤黒く染めている。自分ばかりが薄暗い部屋で埃にまみれて働いているのだと思うと我慢がならず、相手が公爵家の跡取りであることも忘れて、つい声を荒らげてしまった。
「だいたい、アンズの乾燥具合を確かめるだけで半日もかかるような無能な商人を雇い入れたのはあなたでしょう! あんな酸っぱくて固い屑実を喜んで買い取るなんて、帳簿の数字の足し算すらできない証拠ですわ!」
言い放った瞬間、頭の芯が急に冷え、やってしまったと奥歯を噛んだ。実のところ、あの酸味の強い干しアンズは隣領の特産品で、飢饉に備えた保存食としてユリシーズの父である領主様が特別に手配した大切な品だったのだ。先週の便りを見落として勝手に安物だと決めつけていただけなのに、売り言葉に買い言葉で八つ当たりをしてしまった気まずさに、耳の付け根がカッと熱くなった。
「聞き捨てならないな。父上の慈悲深さまで侮辱するとは、やはり君は領主の妻にふさわしい器ではない。僕はエルマの純真さと慎ましさに触れて、ようやく本当の愛を知ったんだ。君のような計算高くて小言ばかりの女との婚約は、今この場で破棄させてもらうよ」
息が詰まるほどの悔しさと恥ずかしさが同時にこみ上げ、喉がひりひりと焼けつくようだった。ユリシーズは得意満面に胸を張り、エルマは勝ち誇ったような薄笑いを浮かべながら、袖口のレースを指先で弄んでいる。机の下で仕事着のスカートの裾をぎゅっと握りしめ、冷え切ったスープの油膜を睨みつけながら、ただこの茶番を早く終わらせたいと願った。
「婚約の破棄、確かに承知いたしました。ですが、私が手元で預かっている領地の金庫の鍵と、西側堤防の修繕契約の証文は、前公爵様からの直接の委託ですので返却できませんけれど」
「ふん、そんな古くさい紙切れなどエルマと僕でいくらでも書き直せるさ。明日にはこの屋敷から出ていってもらうから、荷物をまとめておきなさい!」
翌朝、朝露の降りた庭の片隅で、秋風に吹かれるリンドウの青い花弁を眺めながら、私は荷車に手荷物を積み込んだ。昨日あんな余計な悪口を言わなければ、もう少し穏便に荷造りの時間を稼げたかもしれないという後悔が、冷たい風とともに胸をかすめる。昨晩からずっと手放せないでいるインク染みのついた革の筆入れを抱きしめ、御者台に腰掛けながら、朝食代わりに齧った固い焼きリンゴの酸っぱさに顔をしかめた。
「お嬢様、本当によろしいのですか? 台所の婆やが、昨日の残りの塩漬け豚を包んで持たせてくれましたよ」
「ありがとう。ちょうどお腹が空いていたの。ユリシーズ様が鍵のありかも知らずに大騒ぎする姿を見るのは、少しだけ楽しみね」
それからわずか半月後、王都の借家で小さな文房具屋を始めた私の手元には、泥と汗の匂いにまみれた使いの者が転がり込んできた。秋の長雨が続いて連日湿った霧が立ち込める中、店先の机には買い取ったばかりの古ぼけた羊皮紙と、あの時と同じインク染みのついた筆入れが置かれている。ユリシーズが私の作った堤防修繕の計画書を勝手に捨て、安物の木材で工事を進めたせいで、先日の大雨で西側の川が決壊したのだと知らされ、私は呆れ果ててため息をついた。
「ミレイユ様、どうかお戻りください! 若殿は帳簿の読み方も分からず、エルマ様は宝石代の支払いで商人と大喧嘩をして、領民たちが屋敷を取り囲んでいるのです!」
「あら、私は数字の足し算すらできない女ですもの。それに今は、この引き出しの取っ手がガタついているのを直すので手一杯ですのよ。お引き取りくださいな」




