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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

「紅い月の雫」

作者: aisernameko
掲載日:2026/04/01


2010.09.20

「紅い月の雫」

 目を覚ました時には酷く疲れていた。冷や汗が全身から吹き出し、べとべとと貼り付いた寝間着は湿り気を帯びて冷たくなっている。胸焼けにも似た感覚に、寝間着の不快感が相俟って気持ち悪い。酷く喉が渇いていた。

 夢の余韻は暫く消えそうにないだろう。暁の明るみ始めた空の色と、秒針を刻み続ける時計の音。それらが視覚や聴覚を通じて今日の始まりを脳に告げる。

――『ソレ』を否定する余地などないことを脅迫されたように感じた。


 夢の中で僕は彼女の屍体を弄り、止め処なく溢れる生暖かい血を這い蹲るようにして啜っていた。生傷は惨酷な迄に耽美で僕を魅せ、ひと度虜にする。僕は束の間に毒牙に唆され、欲望の隷と化した。癒えない渇きは尚もその緋を求める。喉から、或いはそれよりもずっと奥にある何処かから、焦燥にも似た欲望が生じる。神経に警笛が轟くのを無視する。赤く点滅する信号は手遅れを示し、僕はもう歯止めが利かないのだと自覚した。

 夢は僕の畏れている全てを識っているが故に、逃げ場所もなかった。僕は内側に渦巻いた黒く穢れた己の本性に随い、頭を垂れて地に伏すだけだ。舌を這わせ彼女を貪る。他に能のない動物にも劣る生き物として、僕はソレを蜿蜒と続ける。


 学校の始業時刻まで四時間程ある。その間に少しくらいはこの夢の映像を紛らわすことが出来るだろう。僕は大丈夫だ。

 僕と彼女の立ち位置は懸け離れたものだ。僕は遠くから、彼女の姿を目で追う。いつもそれだけだ。


 重い足取りを意識しないよう学校へ向かう。朝食は流石に受け付けなかった。積まれた本の一冊を手に取って、活字の中に埋れてみようと試みる。そうして過剰に意識している自分自身を、莫迦らしいと一蹴してしまいたかった。それでも気を緩めると夢の残像が再び視界に現れる。拭っても振り払っても焼き付いた儘だ。消し去ってしまいたい。なのに一方で、あまりにも美しいその情景を失いたくないと感じている。眼前に拡がる幻影は夢の中と変わらず、僕は何度でもソレに魅入ってしまうのだから。

 学校へ着くと幾分か気は穏やかになっていた。雑踏は僕の小さな存在ごと掻き消して呉れる。声と声の数多に入り混じった煩雑とした教室の中では、心中に気付かれる恐れを懐く迄もない。僕が其処にいることにさえも、誰も気付かないのだから。

 普段と何も変わらない光景。彼女は他の誰よりも一段と眩い笑顔を向け、沢山の友達に囲まれて僕の視界から隠れた。まるで雲隠れする月のように、その場所に薄明りを残して。


 いつもと変わらない一日が過ぎようとしていた。それは呆気なく、足早に。機械的な終業の鐘音が響くと同時に、束の間の閑静が破られて再び雑踏に呑まれていく。僕は今日も、誰の意識や記憶に留まることなく過ごすことが出来た。そう思っていた。

 ひとつの視線が注がれるのに気付いた。鋭く真っ直ぐな眼差しを。その眸は僕の心中を識っている。夢に見た光景をこの今、覚られている。

――否、今じゃない。その眸は今日が始まるその前からずっと、僕を視ていた。僕は気付かないフリをしていたのだ。


――月光はいつだって僕の翳りのみを照らしていた。


 人混みはいつの間にか消えていた。辺りはいつになく静寂に満ちている。西陽は彼女の背中を容赦なく照らし付け、彼女の顔は影になって窺うのも儘ならない。それでもその笑みは、……その惨酷で妖艶な笑みは、“いつも”と変わらなかった。

「やっと気付いて呉れたのね。識ってたのに、嘘が下手だよ。木ノ瀬くんは。」

「僕は目立たずに過ごしてきたのに。」

 そう口から出た僕の表情がどんなものなのか、僕には識り得ない。或いは夢の中で地を這い、その滴を啜っていたあの表情なのかも知れない。

「それは残念ね。誰よりも目立ってたのは、木ノ瀬くんだよ。窒息しそうにいつも苦しそうな顔をして……ねえ、何をそんなに渇望してるの?」

 幼さの残った悪戯な声。同時にそれは、全てを見透かした魔の巣食う奈落からの――

「傷。……その袖の下の、」

「そう、気付いてたんだ……これ。」

 彼女はセーラー服の、黒い生地で出来た細い袖を少しだけ捲り上げた。同時に日焼けしていない真白な手首が露になる。其処には赤紫の夥しい直線が刻まれていた。白の中には鮮やか過ぎる程に色映えしている。僕はそれに驚かなかった。口の中に込上げてくる餓えを表す唾液が、大量に込み上げるのを呑み込む。

「においが……久木さんからは、血のにおいがしてた、から……」

 僕の発した言葉に彼女は小さく声に出して笑った。右手の指でその傷をなぞりながら、「ねえ、」と口を開いた。


「私が血を流すのを、木ノ瀬くんは受け留めて呉れる?」


 僕は無言で応えた。落ちてゆく夕陽が窓枠に遮られて、陽の当たる彼女の顔の下に影が出来る。僕は其処に跪いた。彼女は布製の筆箱からカッターナイフを取り出し、素早く手首に滑らせた。

 血がゆっくりと滲み出て、白い手首を伝って雫を落とした。僕はその雫を待ち侘びたかのように口腔内に確と収める。ぽたぽたと一滴ずつ、ゆっくりと落ちてくる紅い粒のような雫を、口を開けた儘受け留める。


 そして血の止まり切らない新たな傷口と古傷の交じる手首に貪り付いた。


2010.09.20 の作品

・内容

タイトルは夕陽に映されると正面が真暗になってあやふやになるから、雰囲気として良いかな、と思ってつけた。悪夢よりも現実の方が悲惨、的な。

リストカットとその傷(雰囲気)に魅かれる少年の話。

 目を覚ました時には酷く疲れていた。冷や汗が全身から吹き出し、べとべとと貼り付いた寝間着は湿り気を帯びて冷たくなっている。胸焼けにも似た感覚に、寝間着の不快感が相俟って気持ち悪い。酷く喉が渇いていた。

 夢の余韻は暫く消えそうにないだろう。暁の明るみ始めた空の色と、秒針を刻み続ける時計の音。それらが視覚や聴覚を通じて今日の始まりを脳に告げる。

――『ソレ』を否定する余地などないことを脅迫されたように感じた。


 夢の中で僕は彼女の屍体を弄り、止め処なく溢れる生暖かい血を這い蹲るようにして啜っていた。生傷は惨酷な迄に耽美で僕を魅せ、ひと度虜にする。僕は束の間に毒牙に唆され、欲望の隷と化した。癒えない渇きは尚もその緋を求める。喉から、或いはそれよりもずっと奥にある何処かから、焦燥にも似た欲望が生じる。神経に警笛が轟くのを無視する。赤く点滅する信号は手遅れを示し、僕はもう歯止めが利かないのだと自覚した。

 夢は僕の畏れている全てを識っているが故に、逃げ場所もなかった。僕は内側に渦巻いた黒く穢れた己の本性に随い、頭を垂れて地に伏すだけだ。舌を這わせ彼女を貪る。他に能のない動物にも劣る生き物として、僕はソレを蜿蜒と続ける。


 学校の始業時刻まで四時間程ある。その間に少しくらいはこの夢の映像を紛らわすことが出来るだろう。僕は大丈夫だ。

 僕と彼女の立ち位置は懸け離れたものだ。僕は遠くから、彼女の姿を目で追う。いつもそれだけだ。


 重い足取りを意識しないよう学校へ向かう。朝食は流石に受け付けなかった。積まれた本の一冊を手に取って、活字の中に埋れてみようと試みる。そうして過剰に意識している自分自身を、莫迦らしいと一蹴してしまいたかった。それでも気を緩めると夢の残像が再び視界に現れる。拭っても振り払っても焼き付いた儘だ。消し去ってしまいたい。なのに一方で、あまりにも美しいその情景を失いたくないと感じている。眼前に拡がる幻影は夢の中と変わらず、僕は何度でもソレに魅入ってしまうのだから。

 学校へ着くと幾分か気は穏やかになっていた。雑踏は僕の小さな存在ごと掻き消して呉れる。声と声の数多に入り混じった煩雑とした教室の中では、心中に気付かれる恐れを懐く迄もない。僕が其処にいることにさえも、誰も気付かないのだから。

 普段と何も変わらない光景。彼女は他の誰よりも一段と眩い笑顔を向け、沢山の友達に囲まれて僕の視界から隠れた。まるで雲隠れする月のように、その場所に薄明りを残して。


 いつもと変わらない一日が過ぎようとしていた。それは呆気なく、足早に。機械的な終業の鐘音が響くと同時に、束の間の閑静が破られて再び雑踏に呑まれていく。僕は今日も、誰の意識や記憶に留まることなく過ごすことが出来た。そう思っていた。

 ひとつの視線が注がれるのに気付いた。鋭く真っ直ぐな眼差しを。その眸は僕の心中を識っている。夢に見た光景をこの今、覚られている。

――否、今じゃない。その眸は今日が始まるその前からずっと、僕を視ていた。僕は気付かないフリをしていたのだ。


――月光はいつだって僕の翳りのみを照らしていた。


 人混みはいつの間にか消えていた。辺りはいつになく静寂に満ちている。西陽は彼女の背中を容赦なく照らし付け、彼女の顔は影になって窺うのも儘ならない。それでもその笑みは、……その惨酷で妖艶な笑みは、“いつも”と変わらなかった。

「やっと気付いて呉れたのね。識ってたのに、嘘が下手だよ。木ノ瀬くんは。」

「僕は目立たずに過ごしてきたのに。」

 そう口から出た僕の表情がどんなものなのか、僕には識り得ない。或いは夢の中で地を這い、その滴を啜っていたあの表情なのかも知れない。

「それは残念ね。誰よりも目立ってたのは、木ノ瀬くんだよ。窒息しそうにいつも苦しそうな顔をして……ねえ、何をそんなに渇望してるの?」

 幼さの残った悪戯な声。同時にそれは、全てを見透かした魔の巣食う奈落からの――

「傷。……その袖の下の、」

「そう、気付いてたんだ……これ。」

 彼女はセーラー服の、黒い生地で出来た細い袖を少しだけ捲り上げた。同時に日焼けしていない真白な手首が露になる。其処には赤紫の夥しい直線が刻まれていた。白の中には鮮やか過ぎる程に色映えしている。僕はそれに驚かなかった。口の中に込上げてくる餓えを表す唾液が、大量に込み上げるのを呑み込む。

「においが……久木さんからは、血のにおいがしてた、から……」

 僕の発した言葉に彼女は小さく声に出して笑った。右手の指でその傷をなぞりながら、「ねえ、」と口を開いた。


「私が血を流すのを、木ノ瀬くんは受け留めて呉れる?」


 僕は無言で応えた。落ちてゆく夕陽が窓枠に遮られて、陽の当たる彼女の顔の下に影が出来る。僕は其処に跪いた。彼女は布製の筆箱からカッターナイフを取り出し、素早く手首に滑らせた。

 血がゆっくりと滲み出て、白い手首を伝って雫を落とした。僕はその雫を待ち侘びたかのように口腔内に確と収める。ぽたぽたと一滴ずつ、ゆっくりと落ちてくる紅い粒のような雫を、口を開けた儘受け留める。


 そして血の止まり切らない新たな傷口と古傷の交じる手首に貪り付いた。

・解説

傷があるのを知っていた、というよりも雰囲気の所為でそういう会話の流れになった、という現実には無い感覚。とりあえずお互いに悪目立ちしていた感じ。

自傷癖やらそういうのが好きな少年、と病んでいるけれど明るく振る舞う女子。

受け止めて~の発言は、「自傷するのを否定されているけれど、貴方は肯定して呉れるか、」という肯定される事が解っている上での自己満足的な意味も含めている。

少年が返事をしなかったのは、嗜好という悪趣味故の理由であって答える資格が無いのも解っている上、彼女の言葉の意味も理解して居るので言葉は要らなかった、的な。


・反省点

ありすぎて困ります。最初の分も語尾が「~た。」ばかりなのが引っかかります。

これも会話文から考えたので文章的には低次元。相変わらず、な内容の文章でしかない。

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