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黒猫ヴァレリーの事件簿  作者: 高梨 梛
第1章 雨の日の遺言
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第6話 黒猫は逃がさない

間違って全話本日投稿してしまいました(泣)そのため、第5話が前後しています。すみません。

「やれやれ、実にお前らしい」

ご迷惑をおかけします。

買い物に出ようとビルを出た瞬間、恭介は足を止めた。

路地の先に、黒猫がいる。


——最悪だ


じっと、こちらを見ている。


「……うそだろ」


くるっと踵を返す。

来た道を引き返した。

だが、背後で軽い足音がひとつ、ふたつ。


とこ、とこ。


振り向かない。

振り向けない。


「ついてくるなよ……頼むから……」


歩幅が自然と広がり、歩く速度を上がる。

足音も速くなる。

ついには駆け足。

恭介は一目散にビルへ戻った。

階段を駆け上がり、廊下を振り返る。


——いない。


ほっと息をつく。


「よし……消えた……」


買い物は中止だ。

鍵を差し込み、古いドアを開ける。

ぎい、と軋む音。

何かが横切った気がした。

振り向く。

廊下には何もない。


(気のせいだ。黒猫なんて、いるはずない…猫を見たから気が動転しているだけだ)


散らかった室内へ入る。

古びたソファ。

転がる缶コーヒー。

放置されたカップ麺の容器。

見慣れた光景に安心する。


「……疲れた。精神的にやられた……今日は厄日か…」


ソファに倒れ込んだ、そのとき。


トン。


軽い音。

視線を向ける。

テーブルの上に、黒猫が座っていた。


「汚いな。少しは片づけたらどうだ」


低く、落ち着いた声。

恭介の思考が止まる。


「……は?」


「聞こえているだろう」


「……猫が……しゃべった?」


そこで意識が落ちた。





朝。

ブラインド越しの光。

頬を押す柔らかい感触。

恭介は目を開けた。


(昨日……黒猫が……)


がばりと起き上がる。


「夢だよな……?」


「都合の良い解釈だ。現実逃避は感心しないな」


昨夜聞いた落ち着いた声。

テーブルの上に、黒猫。


「ひっ」


「やっと起きたか、千束恭介」


「……なんでいる」


「お前が逃げるからだ」


「逃げるに決まってるだろ!」


黒猫は尾をゆるやかに揺らす。


「腰が引けているな。あの男の孫とは思えない」


「は? 何の話だ」


「自分の足で帰る勇気がない」


「どこにだよ。脱走してきたのか?」


黒猫はゆっくりと立ち上がる。

その瞳は、妙に静かだった。


「お前の父は淳一郎じゅんいちろうだな」


「ああ」


「結構」


「何が結構なんだよ」


黒猫はわずかに目を細める。


「気にするな」


「気になる」


「私の名はヴァレリーだ」


「猫の名前なんて——」


ぴくり、と耳が動く。

視線が射抜く。

恭介は即座に姿勢を正した。


「すみません」


立場が決まった瞬間だった。

ヴァレリーはテーブルから静かに降りる。


「さて」


「……何だよ」


「帰るとするか」


「……お前の家なんて知らないぞ」


恭介は眉をひそめた。

猫に命令される筋合いはない――はずだった。

一瞬だけ、ヴァレリーの目が細まる。

ビクッとする恭介を尻目にヴァレリーが歩き出す。

ヴァレリーはドアの前まで歩き、振り返った。


「来い。時間はあまりない」


「なんの時間だよ……」


答えはない。

ただ、黒い尾がゆらりと揺れる。

恭介は頭を抱えた。


「……なんで俺なんだよ」


黒猫はドアを見上げたまま言う。


「選ばれたと思えばいい」


「意味が分からん!」


「そのうち分かる」


静かな声だった。


「帰るぞ」


沈黙。

やがて恭介は深くため息をついた。


「……一回だけだ」


黒猫は満足そうに目を閉じる。


「結構」

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