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黒猫ヴァレリーの事件簿  作者: 高梨 梛
第3章 落ち葉の足音
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第1話 晩秋の告白

晩秋の夕暮れだった。

商店街の裏手にある小さな公園は、昼間よりも少し広く見える。

落葉樹の下にベンチが一つ。

その周りに、乾いた落ち葉がうっすら積もっていた。

恭介はベンチの前に立っていた。

向かいには、図書館司書の美咲。

小柄で、丸みボブの髪型がよく似合う女性だった。

風が吹く。


カサ……


落ち葉が転がる。

恭介は頭をかいた。


「えーと……その」


言葉が出てこない。

美咲は少し困ったように笑っていた。

恭介は商店街ではそこそこ顔が広い。

配達も手伝うし、イベント準備もよく駆り出される。

だから知り合いは多い。


だが――


告白は、初めてだった。

恭介は一度だけ深呼吸した。


「俺、美咲さんのこと好きです」


言った瞬間、自分でも驚いた。

こんなにあっさり言えるとは思っていなかった。

風がまた吹く。

落ち葉が音を立てる。


カサカサ。


美咲は少しだけ目を伏せた。


「恭介くんは、いい人だと思う」


その言葉で、だいたい察した。


「でも……」


やっぱり来た。


「今は仕事のことで手いっぱいで……」


恭介は笑った。


「あー、うん。分かります」


美咲は申し訳なさそうに言う。


「ごめんね」


「いえいえ!」


恭介は慌てて手を振った。


「なんか急に言っちゃって。びっくりしますよね」


「そんなことないよ」


美咲は小さく笑った。


「ありがとう」


少し沈黙があった。

落ち葉がまた風に転がる。


カサ……


カサ……


やがて美咲は図書館の方へ歩いていった。

恭介はしばらくその背中を見送っていた。

そして大きく息を吐く。


「……振られた」


その瞬間。

上から声が降ってきた。


「見事な敗北だ」


恭介は顔を上げた。

公園の木の枝の上。

黒猫が座っている。

ヴァレリーだった。

恭介は眉をしかめる。


「見てたのかよ!」


ヴァレリーは鍵尻尾をゆっくり揺らした。


「見させてもらった」


「最低だなお前!」


「愚か者」


その一言に恭介は力が抜けたように、ストンとベンチに腰を下ろした。

落ち葉が音を立てる。


カサ。


「はあ……」


空を見上げる。

すっかり秋の空だった。


「やっぱり無理か」


ヴァレリーが枝から降りる。

軽く地面に着地する。


「当然だ」


「はっきり言うな!」


「告白というものはな」


ヴァレリーは前足で落ち葉をつついた。


「勝率の低い賭けだ」


「知ってるよ……」


恭介は頭を抱えた。

しばらく沈黙。

風が吹く。

落ち葉が道を転がる。


カサカサカサ。


恭介が立ち上がった。


「帰るか」


「そうだな」


二人は公園を出て、商店街の裏道を歩いた。

道には落ち葉が積もっている。

恭介が歩くたび、


カサカサカサ。


軽い音が鳴る。


「秋だなぁ」


恭介が言う。

ヴァレリーは何も答えない。

その代わり、耳を動かした。

遠くで、音がした。


カサ……


静寂。


カサ……


ヴァレリーの足が止まる。

恭介が振り返る。


「どうした?」


ヴァレリーはしばらく耳を澄ましていた。

そして小さく言う。

風が止まり、落ち葉が動きをやめた。


カサ……


「……妙だな」


「何が?」


恭介が聞く。

ヴァレリーは落ち葉を見た。

風がまた吹く。


カサカサ。


普通の音だ。

だが、さっき聞こえた音は違った。

ヴァレリーは目を細める。


「いや」


「気のせいかもしれん」


恭介は肩をすくめた。


「猫って大変だな」


「人間よりはマシだ」


「なんでだよ」


ヴァレリーは歩き出す。


「人間は耳を使わない」


恭介は苦笑した。

二人は商店街の灯りの中へ戻っていった。


その夜。


商店街のどこかで、

ひとつの時計が静かに消えることになる。


そして――


あの落ち葉の音が、

事件の始まりだった。

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