エピローグ 花火と静かな決着
会館を出ると、夜の空気は昼間とは違い、幾分ひんやりとしていた。
さっきまでの重たい空気が嘘のように、 商店街の方からは祭りの音が聞こえてくる。
太鼓の音。 子どもたちの笑い声。 屋台の呼び込み。
まるで何事もなかったかのように、 夏祭りは続いていた。
恭介は大きく息を吐いた。
「……疲れた」
足元で、ヴァレリーが歩く。
黒い鍵しっぽが、ゆっくり揺れていた。
会館の前には、組合長と数人の役員が残っていた。
誰も大声では話さない。
小さな声で、ぽつりぽつりと言葉が交わされる。
「……被害は明確だ。通報は、する」
組合長が静かに言った。
「しかし」
一拍置く。
「我々も、責任がある」
組合長の視線は遠くを見ていた。
「会計に任せきりだった」
恭介は少し驚いた顔をする。
組合長は続けた。
「相沢の店も長い。娘さんもいる。……だが、通報はする。けれど、それは組合からではなく、俺からだ」
組合長の背中が物寂しさを語っているように恭介には見えた。
役員たちが頷いた。
それ以上、何も言わない。
そのとき。
ドン——
夜空に花火が上がった。
赤い光が、大きく広がる。
商店街の方から歓声が上がる。
「おおー!」
「きれい!」
子どもたちの声。
恭介は夜空を見上げた。
ヴァレリーも、箱の上に飛び乗って座る。
花火の光が、黒い毛並みに映った。
「……終わったな」
恭介が言う。
ヴァレリーは空を見たまま答える。
「終わったのは事件だけだ」
「は?」
「人間の問題は終わらない」
また花火が上がる。
白い光が、夜空いっぱいに広がる。
「相沢さん……」
恭介がぽつりと言う。
「どうなるかな」
ヴァレリーは静かに瞬きをした。
「さてな」
つかの間の沈黙。
「だが」
金色の瞳が、花火を映す。
「彼はもう嘘をつかなくて済む」
恭介はその言葉を考えた。
それから、ふっと笑う。
「……そうかもな」
夜風が吹いた。 提灯が揺れる。
遠くで太鼓が鳴る。
祭りはまだ続いている。
ヴァレリーは空を見上げたまま言った。
「真実は常に静かだ」
ドン——
大きな花火が夜空に咲いた。
赤と金の光が、商店街を照らす。
恭介は苦笑した。
「お前さ」
恭介も空を見上げたまま言った。
「なんでそんな偉そうなんだよ」
ヴァレリーは横目で見た。
「観察者だからな」
「は?」
恭介は笑う。
そして、ヴァレリーの横顔を見ていった。
「いや、お前、猫だろう」
ヴァレリーはゆっくり瞬きをした。
そして、いつもの調子で言う。
「猫だから問題はない」
澄ましたヴァレリーの物言いに恭介が笑う。
最後の花火が、夜空に咲いた。
夏の夜は、まだ終わらない。
第2章『千束恭介の受難~花火の下の真相~』も無事に完結することができました。ありがとうございました。すこしでも「くすっ」と笑えて、面白かったと評価いただければ、嬉しいです。また、第3章 落ち葉の足音を明日3月20日17:50から開始させていただきますので、読んでいただければ幸いです。
「この猫、性格悪いよね」
「でしょ?」
「猫だから問題はない」




