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黒猫ヴァレリーの事件簿  作者: 高梨 梛
第2章 千束恭介の受難~花火の下の真相~
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第10話 熱は記憶する

夜の商店街は、昼間とは別の顔をしていた。

祭りの灯りはまだ残っているが、人々のざわめきはどこか落ち着かない。

ひそひそ声が風に混じって流れてくる。


「……千束さんが?」


「いや、でも封印は……」


「じゃあ誰が開けたっていうんだ」


恭介は、その声を聞かないふりをした。

だが、耳は勝手に拾ってしまう。

胸の奥が重い。

会館の前に立つと、ヴァレリーが足元に寄ってきた。


「行くのか」


「行くしかないだろ」


恭介は深く息を吸った。


「もう……見えてしまったからな」


黒猫は尻尾を揺らし、まるで「ならば行け」と言うように先へ進んだ。

会館の扉を開けると、中には組合の役員たちと相沢がいた。

相沢は机に向かって座っていた。

封筒が置かれている。

封印は、破れていない。

相沢は顔を上げ、柔らかい笑みを浮かべた。


「千束さん。こんな時間にどうしました?」


その笑みは、昼間と同じ“誠実な店主”のものだった。

けれど――

恭介には、もう分かっていた。


「……相沢さん。封印は、破れていませんでした」


「ええ。だからこそ不思議なんですよ」


相沢は困ったように眉を下げる。


「封印が破れていない以上、途中で開けた人はいない。そうでしょう?」


恭介はゆっくりと


「普通ならです」


役員の一人が首をかしげる。


「普通なら?」


「封印は“熱”で閉じる」


恭介が 封筒の透明部分を指す。


「ヒートシーラーで」


「昨日使った機械だ」


誰かが言う。


「そうです」


恭介は頷く。


「そして」


一拍の間。


「熱は、やり直せる」


相沢の指が、ぴくりと動いた。

組合長が眉をひそめる。


「……どういう意味だ」


恭介は言う。


「履物店では」


全員の視線が相沢へ向いた。


「靴底の接着は熱で温め直すそうでしたよね?」


相沢の喉が動く。

誰かが思い出したように言う。


「ああ……」


「確かに見た」


「あっ、ヒートガン」


空気が、少し変わる。

恭介は続ける。


「封印も同じです」


相沢以外の全員が封筒を見る。


「再加熱すれば糊は柔らかくなる」


役員の一人が言う。


「じゃあ……開けられる?」


恭介は答える。


「ええ、簡単に」


静かな声。


「中身を抜き新聞紙を入れもう一度熱をかける」


相沢の額に汗が浮かんだ。

誰も動かない。

相沢が低く言う。


「……でもヒートガンは店にある」


恭介が答える。


「祭りの看板修理に電源タップを使いましたよね」


思い出したように役員が言う。


「そうだ履物店から電源を引いてた。ヒートガンも使った」


空気が、ゆっくり固まる。

ヴァレリーが封筒を見た。

恭介が淡々と続けた。


「封印は破れていない。だが、波打っている」


恭介が封筒を手に取る。

光にかざす。

確かにわずかな歪みがあった。


「再加熱の痕跡です」


恭介が言った。

沈黙。

長い沈黙。

やがて、乾いた笑い声が聞こえた。

相沢だった。


「……すごいな」


肩が震えている。


「そこまで分かるのか」


誰も言葉を返さない。

相沢はゆっくり顔を上げた。

その目は赤かった。


「盗むつもりじゃなかった」


絞り出すような声。


「少し借りるだけのつもりだった」


拳が震える。


「夏祭りの売上で、戻せばいいって」


役員の一人が目を伏せる。

相沢は続けた。


「でも……」


声がかすれる。


「店の売上は落ちるし、銀行は貸してくれない」


唇が震える。


「娘が……」


声が詰まった。


「大学に入ったんだ」


誰も何も言えない。

相沢は笑おうとした。

だが、 笑えなかった。

顔が歪む。


「父親として、格好をつけたかった……」


その瞬間。

相沢の膝が崩れた。

床に手をつく。


「すまない……」


声を押し殺しながら泣いた。

商店街で一番真面目だった男の、静かな崩壊だった。

机の上ではヴァレリーが尻尾を揺らしていた。

そして恭介にだけ聞こえるような小さな声で言った。


「やれやれ」


金色の瞳が細くなる。


「実に人間らしい」


外で花火の音がした。

ドン——

夜空に光が広がる。 祭りは、まだ続いていた。


17:50にエピローグを投稿して、第2章は完了と成ります。続編も予定しておりますので、またお読みいただければありがたいです。

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