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黒猫ヴァレリーの事件簿  作者: 高梨 梛
第2章 千束恭介の受難~花火の下の真相~
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第9話 波紋

恭介はヴァレリーを追い、外へ出た。

空気は湿度をまとい、肌にまとわりつくようだった。

夏祭りが開かれている場所とは違い、この辺りは人影もまばらだ。

ヴァレリーが足を止めた。


「おい、何かわかったのか?」


黒猫は一つため息をついた。


「頭は飾りではないぞ」


「悪かったな、飾りで」


恭介がむくれたように言う。

ヴァレリーは静かに言った。


「もう一度考えろ」


その言葉は、夜の空気よりも重く響いた。

恭介はしばらく黙り込んだ。

猫の言葉に腹を立てているわけではない。

ただ、

“考えるべき何か”が確かにあると感じていた。


「……考えるって、何をだよ」


ヴァレリーは答えない。

代わりに、会館の裏手へと歩き出した。

恭介は仕方なくついていく。

裏手は薄暗く、祭りの光も届かない。

だが、ヴァレリーは迷いなく進んだ。

そして、金庫のある部屋の外壁の前で止まった。


「ここがどうしたんだ」


ヴァレリーは壁を見上げ、鼻先をひくつかせる。

恭介も視線を追った。

壁の隅。

そこには、履物店の方から伸びてきた延長コードが地面を這うようにして通っていた。


「これ……さっきも見たな」


看板修理のとき、相沢が使っていたヒートガン。

そのために延長コードを引いていた。

でも、なぜ会館の裏まで伸びているのか。

恭介はしゃがみ込み、コードを指で触った。

まだ、ほんのり温かい。


「……熱?」


その瞬間、恭介の脳裏に封筒の“波打ち”がよみがえった。

光にかざしたとき、透明の封印部分がわずかに歪んで見えた。


(あれは……熱で?)


封印は破れていなかった。


けど、“熱で一度溶かして、また閉じた”としたら――


恭介は息を呑んだ。


「……そんなこと、できるのか?」


ヴァレリーは静かに言った。


「できる。靴底と同じだ」


靴底。

相沢の店で見た、ヒートガンで接着をやり直す作業。

熱で柔らかくし、再び貼り付ける。

封筒の封印も、同じように――?


「いや、でも……」


恭介は頭を振った。


「そんな器用なこと、誰が……」


言いかけて、口を閉じた。

誰が…

誰ならできる?

ヒートガンを持っていて、封筒に触れられ、金庫に近づけるのは誰か……

答えは、ひとりしかいない。

が、恭介はその名前を口にできなかった。


「……まさか」


ヴァレリーは恭介を見上げ、金色の瞳を細めた。


「真実は静かだ。だが、隠れはしない」


恭介は拳を握った。


「……まだ断定はできない」


「当然だ」


ヴァレリーは尻尾を揺らした。


「だが、道は見えたはずだ」


恭介は深く息を吸い、夜の湿った空気を肺に満たした。

封印の波打ち。

延長コード。

ヒートガン。

相沢の“困った顔”。

点と点が、ゆっくりと線になり始めていた。

だが、まだ動機がない。


「……もう一度、全部見直す」


恭介が言うと、ヴァレリーは満足そうに目を細めた。


「それでいい」


黒猫は踵を返し、静かな足取りで暗がりへ消えていった。

恭介はその背中を見つめながら、胸の奥に生まれた小さな“確信”を必死に押し込めた。

まだ言えない。

まだ決めつけてはいけない。

だが――

真実は、確かにそこにあった。


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