第7話 疑い
焼きそばの匂い。
赤いりんご飴の甘い香り。
綿あめをつくるためのコンプレッサーの音。
祭り客のざわめき。
祭りの喧騒が最高潮に達した頃、
商店街の会館では、別の熱が生まれていた。
「……相沢さん、金庫をお願いします」
役員の一人が声をかける。
相沢は頷き、腰の鍵束を取り出した。
金庫の前に人が集まる。
恭介も呼ばれ、壁際に立った。
ヴァレリーは棚の上に飛び乗り、金色の瞳でその様子を見下ろしていた。
相沢が鍵を差し込む。
ガチャリ。
重い音を立てて扉が開く。
中には、昼間に封印したはずの封筒が一つ。
相沢がそっと取り出す。
「……封印は、無事ですね」
役員たちが身を乗り出す。
「破れてないな」
「指で触っても、隙間がない」
「これなら絶対に開けられないはずだ」
恭介も思わず頷いた。
確かに、封印は完璧だった。
相沢が深呼吸し、封筒を持ち上げる。
「では、中身を確認します」
その瞬間――
恭介は違和感を覚えた。
(……軽い?)
相沢も気づいたように眉を寄せた。
「……あれ?」
封筒を逆さにする。
ぱさり。
机の上に落ちたのは――
新聞紙の切れ端だった。
沈黙。
誰も声を出せなかった。
「……嘘だろ」
役員の一人が震える声で言った。
「売上金は? どこに……?」
相沢は封筒を何度も確認する。
封印は破れていない。
だが、中身は消えていた。
「そんな……」
誰かが呟く。
空気が一気に冷えた。
その沈黙の中で、
役員の一人がぽつりと呟いた。
「……千束さん」
恭介を見る。
「あなたですよね」
恭介は目を瞬いた。
「え?」
「まさかとは思うけど……」
誰も続きを言わない。
だが、視線が集まる。
恭介は小さく息を吐いた。
「……冗談でしょう」
誰も笑わなかった。
別の役員が言う。
「最後に封筒を触ったのは……千束さんですよね?」
「いや、それは……」
恭介は言葉に詰まった。
確かに、封筒を机に置いたのは自分だ。
「防犯カメラは?」
「死角です。会館の中は映っていません」
ざわつきが広がる。
「じゃあ……誰でもできたってことか?」
「いや、でも最後に触ったのは……」
「千束さん、ですよね」
恭介は唇を噛んだ。
(……最悪だ)
その時。
棚の上で、黒猫が尻尾を揺らした。
ヴァレリーだった。
金色の瞳が、机の上の封筒を見ている。
静かに。
まるで、何かを確かめるように。
だが――
誰もその視線に気づかなかった。




