第6話 売上金消失
商店街の空気は、昼とは違う熱を帯びていた。
提灯が灯り、屋台の鉄板がじゅうじゅうと音を立てる。
焼きそばの匂い、綿あめの甘い香り、金魚すくいの水の匂い。
子どもたちの笑い声が通りを駆け抜け、太鼓の音が腹の底に響く。
祭りは、もう始まっていた。
その喧騒から少し離れた場所に、商店街の会館がある。
昼間は静かな建物だが、今日は人の出入りが多い。
役員たちが売上金を集計し、封筒に入れて金庫へ運ぶためだ。
恭介は会館の入口で立ち止まり、中の様子を確認した。
机の上には、厚手の茶封筒がひとつ。
封印はまだされていない。
売上金を入れる前の、ただの封筒だ。
足元ではヴァレリーが尻尾を揺らしながら、
部屋の空気を嗅いでいた。
(……落ち着かないな)
恭介がそう思ったとき――
「千束くーん!」
通りのほうから声が飛んだ。
八百屋の女将だ。
「今行きます!」
恭介は返事をして、会館を出た。
祭りの手伝いは山ほどある。
呼ばれれば動くしかない。
会館の中には、誰もいなくなった。
机の上には封筒がひとつ。
薄い紙の存在感だけが、ぽつんと残されている。
外からは太鼓の音が響く。
ドン。
ドン。
歓声。
笑い声。
屋台の呼び込み。
その喧騒の中で、静かな机だけが取り残されていた。
ヴァレリーは会館の入口に座り、金色の瞳で封筒を見つめていた。
長い尻尾が、ゆっくり揺れる。
(……あれは“動くもの”だ)
そんなふうに言いたげに。
だが、誰も気づかない。
会館の外では、
履物店の前に人だかりができていた。
「看板が落ちそうだ!」
「危ないぞ!」
相沢が脚立を持って走り出す。
「すみません、すぐ直します!」
看板の端が外れ、風に揺れていた。
相沢は脚立に登り、工具箱からヒートガンを取り出す。
「これで……よし」
温風が木材を温め、古い接着剤が柔らかくなる。
相沢は手際よく押し付け、看板を元の位置に戻した。
「助かったよ、相沢さん!」
「いやいや、すぐ直りますから」
周囲の人々が拍手する。
その足元には、延長コードが地面を這っていた。
履物店から会館のほうへ伸びている。
(……なんでこんなところまで?)
ヴァレリーはそのコードを見つめ、鼻先を近づけた。
熱の匂い。
電気の匂い。
そして――
さっき会館で嗅いだ、封筒の紙の匂い。
尻尾が、ひとつ揺れた。
会館の中では、封筒が机の上で静かに待っている。
誰もいない。
誰も見ていない。
ただ、祭りの音だけが響いていた。
ドン。
ドン。
ヴァレリーは入口に戻り、封筒を見つめた。
その瞳は、まるで“変化の瞬間”を待つように静かだった。
だが――
誰もそれに気づかなかった。




