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黒猫ヴァレリーの事件簿  作者: 高梨 梛
第2章 千束恭介の受難~花火の下の真相~
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第5話 封印の儀式

夕方近く。

商店街の空気は、昼とは別の熱を帯びていた。

屋台が並び、提灯が灯り始める。

子どもたちが走り回り、焼きそばの匂いが通りを満たしていた。

祭りは、もうすぐだ。

その喧騒から少し離れた場所に、商店街の会館がある。

中では、役員たちが机を囲んでいた。

机の中央に置かれているのは、厚手の茶封筒。

今日の売上金を入れるためのものだ。

恭介は壁際に立ち、その様子を眺めていた。

足元にはヴァレリー。

黒猫は静かに座り、部屋の空気を観察している。

相沢が封筒を持ち上げた。


「毎年やっていることですが――」


穏やかな声で言う。


「念のため、今年も封印をします」


役員の一人が頷いた。


「外部の人も多いですからね」


「ええ」


相沢は机の横に置かれた小さな機械を指した。

コンセントにつながり、金属のバーが付いている。


「ヒートシーラーです。封筒を熱で圧着する機械ですね」


役員の一人が感心したように言った。


「そんなものまで使うのか」


相沢は微笑んだ。


「一度閉じると、開きません。封印っていうのはね、人の信頼みたいなものなんです」


その言葉には、どこか誇らしさがあった。

封筒の口を整え、機械の間に挟む。


カチ。


レバーが下りる。

数秒後、小さなランプが点灯した。


「これで――」


相沢は封筒を持ち上げた。


「封印完了です」


役員が手に取り、指で触る。


「おお、しっかりくっついてる」


「破かないと開きませんね」


「安心だ」


口々に声が上がる。

その表情には、疑いの影すらなかった。

恭介は腕を組んだ。


(ずいぶん厳重だな……)


そのとき。

ヴァレリーが立ち上がった。

静かに机へ近づき、封筒の前で止まる。

黒い鼻先を近づけ、封印部分をじっと見つめた。

熱の残り香。

紙がわずかに変質した匂い。

圧着された部分の“硬さ”。

ヴァレリーの耳が、ほんのわずかに動いた。

相沢が笑う。


「猫も気になるのかな」


恭介が肩をすくめる。


「たぶん」


だが、ヴァレリーは封筒を見つめたまま、ゆっくり瞬きをした。

その瞳に、わずかな光が宿る。

――まるで


“これは、変わるものだ”


と告げるように。

誰も気づかなかった。

相沢が封筒を金庫へ入れる。

扉が閉まる。

重い音。

ガチャリ。

鍵が回る。

相沢は振り返り、穏やかに言った。


「これで安心です」


役員たちは深く頷いた。

誰も疑わなかった。

封印は破れない。

そう信じていたからだ。


だが――


ヴァレリーだけが、金庫を見つめたまま尻尾を一度だけ揺らした。

その揺れは、“安心するのは早い”

と言っているようだった。




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