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黒猫ヴァレリーの事件簿  作者: 高梨 梛
第1章 雨の日の遺言
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第13話 雨上がり

雨はようやく弱まり、屋敷の空気に冷たい静けさが戻っていた。

恭介は、兄妹と藤堂、そして刑事たちを応接室に集めた。

ヴァレリーは恭介の足元に座り、黒い尾をゆっくり揺らしている。

宗三郎は沈んだ顔で椅子に腰を下ろし、

尚子は落ち着かない様子で手を握りしめていた。

圭祐は苛立ちを隠さず、

進だけが、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。

刑事が口を開いた。


「鑑識の結果が出ました。スプーンの裏側から、毒物反応が検出されました」


室内がざわめく。


「スプーン……?」


「紅茶ではなかったのか?」


「じゃあ、誰が……」


恭介は静かに立ち上がった。


「毒は、スプーンの裏側に塗られていました。乾いていれば気づきません。混ぜれば

溶けます。そして——使ったのは、被害者だけ」


進の笑みが、ほんのわずかに固まった。

恭介は続ける。


「昨夜、スプーンを拭いていた人がいましたね」

圭祐が眉をひそめる。


「そんなの、誰でも……」


「いいえ。拭いていたのは——進さん、あなたです」


視線が一斉に進へ向く。

進は肩をすくめた。


「いつもの癖ですよ。妻が神経質な質なんで」


恭介は首を振る。


「では、次の点を説明できますか?」


恭介は淡々と、しかし確実に積み上げていく。


「彼は“紅茶の味が懐かしい”と言いました。

しかし、彼はこの家で育っていない。

猫にも懐かれなかった。

写真の少年と、顔の作りが微妙に違う。

砂糖の数を即答したのも不自然でした」


尚子が息を呑む。


「まさか……」


恭介は静かに言った。


「彼は——本物の孫ではありませんでした」


室内が凍りつく。

宗三郎が震える声で問う。


「では……誰が、あの男を……」


恭介は進を見た。


「進さん。あなたが手配したのでは?」


進は笑った。


だが、その笑みは目に届いていない。


「証拠は?」


「それについては、こちらから答えさせていただきますよ」

入り口近くにいた刑事が、胸元から手帳を出した。


「被害者は、渡辺昭雄、三十四歳。都内在住の無職。元は俳優志望でしたが、最近は仲間内で“運が開けてきた”と吹聴していたそうです」


進の笑みがわずかに揺れる。


「それだけで?」と進。


刑事は淡々と続けた。


「最近は防犯カメラが多いものでしてね。あなたと渡辺が会っている映像が残っていました。随分と真剣な顔で話していましたよ」


進の眉が僅かに寄った。


「それ以外にもありますよ」


刑事の声は静かだった。

恭介はスプーンを包んだ布を机に置いた。

恭介が引き継ぐように口を開く。


「あなたは、彼が“検査でも何でも受けます”と言った瞬間、表情が変わった。

DNA検査をすれば、偽物は確実にバレる。そうすると、あなたの計画は崩れる。

だから、焦った」


進の笑みが消える。


「計画……?」


「あなたは遺産を動かすために、偽の孫を用意した。しかし、偽の孫は“本物として生きる夢”を持ち始めた。

だから検査を受けると言った。共犯であるあなたを脅し改ざんさせればいいとでも思ったのかもしれない。

あなたは止められなかった。

そして——あなたは恐怖し、衝動的に毒を塗った」


宗三郎が呟く。


「そんな……」


恭介は続ける。


「あなたは第一声で“毒かもしれません”と言いました。

誰よりも早く。

それは、計画外の殺人に対する焦りでした」


進は沈黙した。


そのとき——


ヴァレリーが立ち上がり、進の足元へ歩いていった。

進は反射的に一歩下がる。

恭介が言う。


「ヴァレリーは、あなたを避けました。

猫は匂いを覚えています。

毒の匂いも——

そして、スプーンを拭いた手の匂いも]


「進……」


宗三郎の声は、怒りよりも痛みに近かった。


進は目を伏せる。


その横顔には、長い疲れが滲んでいる。


ヴァレリーが低く鳴いた。


「やれやれ」


その声は責めるというより、

人間の愚かさを静かに嘆いているようだった。


ヴァレリーが進を見上げ、低く鳴いた。

進の肩がわずかに震える。


「……最後に残った者が正しいのです」


その言葉は、もはや哲学ではなく、敗北の呟きだった。

刑事が進に近づく。


「お話を伺いましょうか」


進は抵抗しなかった。

ただ、静かに目を閉じた。

連れて行かれる背中を、恭介は見つめた。

ほんの少しだけ、胸が痛む。


だが——


目は逸らさなかった。

やがて扉が閉まる。

恭介は深く息を吐く。

ヴァレリーが足元に戻り、尾を軽く揺らす。

恭介は小さく笑った。


「……まだまだだな、俺」


ヴァレリーは目を細める。


窓の外では、雲が切れ、薄日が差していた。


間違って全話本日投稿してしまいました(泣)そのため、第5話が前後しています。すみません。

「やれやれ、実にお前らしい」

ご迷惑をおかけします。

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