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黒猫ヴァレリーの事件簿  作者: 高梨 梛
第1章 雨の日の遺言
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第11話 違和感の積み重ね

警察の鑑識結果は、半日後に出た。


「急性の毒物反応。ただし混入経路は不明」


宗三郎が苛立ちを隠さない。


「紅茶ではないのか」


刑事が首を振る。


「ポットの残留液からは検出されていません」


全員が顔を上げる。


「では……なぜ彼だけが」


誰も答えない。


雨は止む気配を見せなかった。




雨の中に浮かんだ屋敷は幽玄なようでいて、どこか冷たさを感じた。


絨毯の敷かれた廊下は静まり返っていた。


宗三郎は人気のない応接室に入り、扉を閉めると、乱暴にネクタイを緩めた。


震える指で電話をかける。


「リサ……ああ、私だ」


甘く、どこか焦った声。


『どうしたの? 声、変よ』


「少し騒がしくてな。だが心配はいらない。会社は私がまとめる。兄がいなくなった今、私が——」


言いかけて、喉が詰まる。


『ふ~ん、そう……それよりぃ、この前の振込、遅れてるけどぉ?』


甘えた声の中に混じる咎めるような声

一瞬、沈黙。


宗三郎の目が揺れる。


「……処理が立て込んでいるだけだ。次は倍にしてやる。私は兄と同じ、いや、それ以上の経営者だ」


その言葉は、自分に言い聞かせるようだった。


『ちゃんと守ってよ? 私、あなたを信じてるんだから』


通話が切れる。


宗三郎はしばらく動かなかった。


拳を握る。


「……私は、間違っていない」


そのとき。


背後で、静かな声がした。


「宗三郎様」


振り返る。


そこに立っていたのは、藤堂だった。


いつもの柔らかな笑み。

だが、目だけが静かに澄んでいる。


「……盗み聞きか?」


宗三郎が吐き捨てる。


「偶然でございます」


藤堂は深く頭を下げる。


「ですが、確認はいたしました」


宗三郎の顔色が変わる。


「何をだ」


「経理部より報告がございました。複数の外部送金。名目は“コンサルティング契約”。実態は確認できませんでした」


間。


「兄がつけた部下どもか……!」


「はい。先代様が信頼を置かれた者たちです」


静かな肯定。


責める響きはない。


それが余計に重い。


宗三郎は笑う。


乾いた笑いだった。


「私の力を、あいつは最後まで信じなかった」


藤堂は首を横に振る。


「違います」


宗三郎が目を向ける。


「先代様は、宗三郎様の弱さをご存じでした」


「弱さだと?」


「ご自身を過大にも過小にも見積もることなく、冷静に状況を判断なさること。それが経営でございます」


一拍置く。


「宗三郎様は、優秀であられます。ですが……ご自身を証明することに、力を使いすぎておられました」


宗三郎の表情が崩れる。


怒りでも、泣きでもない。


ただ、疲れ。


「私は……兄に並びたかっただけだ」


初めて、本音が零れる。


藤堂は静かに一礼する。


「その思いを、先代様は存じておられました」


廊下の向こうで、役員たちの足音が近づく。


現実が迫る。


宗三郎は背筋を伸ばした。


最後の矜持のように。


「……解任、か」


「はい」


否定はしない。


だが、冷酷でもない。


「しばらくお休みを。すべて整理なさってから、改めてご自身を見つめられては」


宗三郎は目を閉じる。


ゆっくりと、息を吐いた。


「リサは……」


「それもまた、宗三郎様が選ばれた道でございます」


逃げ場は与えない。


だが踏みにじらない。


宗三郎は小さく笑った。


「兄は……最後まで、私のほうが子どもだったと言いたいのだな」


藤堂は微笑む。


「先代様は、宗三郎様をお守りになっておられました」


沈黙。


宗三郎は扉へ向かう。


その背中は、少しだけ小さくなっていた。


だが、崩れてはいない。


「……いつか、私の力で証明してみせる」


その言葉は、虚勢かもしれない。


それでも。


藤堂は深く頭を下げる。


「お待ちしております」


扉が閉まる。


藤堂の目が、ほんの一瞬だけ鋭くなる。


カーテンの陰からヴァレリーが出てくる。


そして、いつもの柔らかな笑みに戻った。


「やれやれ、人間はいつも後で気づく」


「はい」


ヴァレリーのかぎ型の黒いしっぽが満足げに揺れた。






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