最果ての修道院で、かつて私を捨てた王太子と再会する
大陸の最北端、切り立った崖の上に立つ【星の止まり木】修道院。
ここが、元公爵令嬢である私、エルゼ・フォン・ベルンシュタインの終の棲家だった。
◆〜第一章:潮騒と祈りの日々〜◆
三年前。
王都の燦然たる夜会、シャンデリアが輝くホールで、私は最愛の人に捨てられた。
「エルゼ。君との婚約を破棄する。……君のような冷酷な女は、王妃にはふさわしくない」
王太子、リュカ・ド・ヴァロワ。
幼馴染であり、初恋の人。
彼の隣にいたのは、涙を浮かべて震える男爵令嬢だった。
私が彼女をいじめたという身に覚えのない罪を、彼は信じた。
──いいえ、信じたかったのだ。
情熱的な恋を知らぬ私より、守ってやりたくなるような彼女を。
私は、一切の弁明をしなかった。
愛する人に信じてもらえない絶望は、言葉を奪うには十分だったから。
そうして私は、着の身着のままでこの最果ての地へと送られた。
今では、豪華なドレスを脱ぎ捨て、修道女の質素な灰色の服に身を包み、朝から晩まで薬草を育て、近隣の村人の傷を癒やす日々を送っている。
(あんなに苦しかったのに。……波の音を聴いていると、もう、何もかも忘れたつもりでいられたのに)
◆〜第二章:嵐が連れてきた亡霊〜◆
その日は、数年に一度と言われる大嵐だった。
荒れ狂う海の声が修道院の石壁を叩く夜、重い鉄の扉が激しく叩かれた。
「開けてくれ! 怪我人がいるんだ!」
私が扉を開けると、そこには数人の騎士が、血まみれの男を担いで立っていた。
ずぶ濡れの外套、泥にまみれた装備。その中に、見紛うはずのない黄金の髪が見えた。
「……リュカ、様……?」
私の指先から、持っていたランプが滑り落ちそうになる。
担ぎ込まれたのは、かつて私を地獄へ突き落とした、その人だった。
彼は隣国との外交の帰り、嵐に巻き込まれ、崖下で馬車が転落したのだという。
私は震える手を押さえ、修道女としての本分に立ち返った。
今は、目の前の命を救うことだけを考えなければならない。
三日三晩、私は眠らずに彼の看病をした。
折れた足、深い切り傷、そして何より彼を苦しめていたのは、高熱によるうなされだった。
「……エルゼ。行かないでくれ。……すまない、私が、間違っていたんだ……」
熱に浮かされたリュカ様が、私の手を強く握りしめる。
その瞳から零れ落ちた涙が、私の手に触れた。
あの日、私を冷酷だと断じた王太子は、どこにもいなかった。
そこにいたのは、後悔に打ちひしがれ、私の名前を呼び続ける一人の男だった。
◆〜第三章:偽りの仮面が剥がれる時〜◆
嵐が去り、澄み渡った青空が広がった朝。
リュカ様はついに意識を取り戻した。
「……ここは……?」
「星の止まり木修道院です。……お目覚めになられましたか、殿下」
私が一礼して去ろうとすると、彼は驚いたように目を見開き、不自由な体で私の腕を掴んだ。
「エルゼ……! 本当に、君なのか……?」
「今はただの修道女です。お怪我に障りますから、お放しください」
冷たく突き放す私に、彼は絶望したような表情を浮かべた。
「聞いたのだ……。君を追い出した後、あの令嬢の嘘が全て暴かれた。彼女は他国と通じ、我が国の内情を探るスパイだった。……君を陥れたのは、王太子の側近である僕の目を曇らせるためだったんだ」
彼は声を震わせながら続けた。
「君を信じられなかった自分を、一日たりとも許したことはない。……君を探し続けていた。この三年間、私は君に謝るためだけに生きてきたんだ」
私は窓の外の海を見つめた。
──遅すぎる。
──あまりにも。
私がこの最果ての地で、どれほど寂しくて冷たい夜を過ごしたと思っているのか。
「……謝罪は受け取ります。ですから、お体が回復なされましたら、どうぞ王都へお戻りください。私はここで、生涯を終えるつもりです」
「嫌だ! 戻らないでくれと言うなら、私もここに残る!」
王太子ともあろう人が、情けない声を上げた。
かつての凛々しさはどこへやら、彼は私の腰にしがみつき、子供のように泣きじゃくった。
「君のいない王宮は、ただの豪華な牢獄だ! ……エルゼ、もう一度だけでいい。私を、リュカと呼んでくれないか」
◆〜第四章:最果ての誓い〜◆
それから一ヶ月。
リュカ様の怪我は、驚異的な速さで回復していった。
彼は騎士たちを先に帰し、なぜか修道院の雑用を手伝い始めた。
王太子が、泥だらけになってジャガイモを掘り、慣れない手つきで薪を割る。
その姿はあまりにも滑稽で、けれど、私を見つめる瞳はかつてのどの瞬間よりも熱を帯びていた。
「エルゼ、見てくれ。今日のパンはうまく焼けたぞ!」
「……殿下、焦げていますわ」
「……また失敗か。でも、君と一緒に食べるなら、炭の味でもご馳走だ」
彼は赤くなりながら笑う。
王都にいた頃の彼は、常に完璧でなければならなかった。
けれど、ここでは、彼はただの“リュカ“として、私に必死に愛を伝えようとしていた。
ある夜。
崖の上で月を眺めていると、彼が隣に立った。
「エルゼ。君を王妃として迎えたいのではない。……私は、一人の男として、君の隣にいたいんだ。もし君がここを離れたくないと言うなら、私は王位を捨てて、この村の医者見習いにでもなる」
「……本気で仰っているのですか?」
「本気だ。三年前、君を捨てた時、私の魂は死んだ。……君がこの手で、私をもう一度生かしてくれたんだ」
彼は膝をつき、私の手を握った。
その手は、重い剣を振るう騎士の手でありながら、今は優しく震えている。
私は、自分の中にあった氷が、ゆっくりと溶けていくのを感じた。
彼を憎んでいたのではない。
ただ、愛してほしかったのだ。
──誰よりも。
「……ジャガイモ掘りも、パン焼きも、あまりお上手ではありませんのに」
「これから一生かけて覚えるさ。君が教えてくれるなら」
私は彼の手を握り返し、ふっと微笑んだ。
三年分の涙が、月の光に照らされてキラキラとこぼれ落ちる。
「……おかえりなさい、リュカ」
その瞬間、彼は私を強く抱きしめた。
最果ての修道院。
かつて私を捨てた場所は、今、二人の新しい物語が始まる場所に変わった。
◆〜終章:王都への帰還、そして……〜◆
数ヶ月後、王都は驚天動地のニュースに沸いた。
【“最果ての聖女“として名を馳せていたエルゼ公爵令嬢が、王太子と共に帰還したのだ】と。
さらに、王太子は彼女を貶めた貴族たちをすべて一掃し、「彼女を二度と悲しませない」と神に誓ったという。
婚礼の日。
世界で一番美しいドレスを纏った私に、リュカ様は耳元で囁いた。
「エルゼ、今日の君は猛毒だ。……美しすぎて、心臓が持たない」
彼はそう言って、大勢の参列者の前で、耳まで真っ赤にしながら私に口づけをした。
最果ての地で育んだ、不器用で、けれど誰よりも一途な愛。
私たちは今、永遠の幸福へと続く扉を開けたのだ。
〜〜〜fin〜〜〜
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シリーズ『異世界恋愛の短編集!』の中の作品も、合わせてお楽しみください。




