外伝 第一話 大好きスタンプの呪い 前編
『怪異探偵』本編10話完結後の外伝です。
常闇大戦以前――神霊十将が全員健在だった頃の、もう一つの物語。
本編未読でも楽しめますが、読んでからをお勧めします。
夕暮れのオレンジが、古い雑居ビルの窓に血のように張りついていた。
岸本優介はデスクに腰掛け、缶ビールを片手にぼんやりと天井の染みを眺めている。
傍では、神藤真琴が来客用ソファに寝転び、スマホの画面を両手で包むようにして見つめていた。
青白い光が彼女の横顔を妖しく照らし、長い睫毛が小刻みに揺れる。
突如ガチャン!と乱暴にドアが開かれた。
「おーい、真琴! いるか!?」
現れたのは、赤い髪を逆立てた長身の男――神霊十将四位【炎龍】辻村炎翔。
その後ろに、白髪を丁寧に整えた老紳士――五位【氷王】屋島悠玄が静かに控えている。
「辻村さん!? 屋島さんまで!? ノックくらいしてくださいってば!」
真琴がぱっと立ち上がる。
「悪い、マジで急いでんだよ!」
辻村は片手を上げてズカズカと上がり込み、問答無用でドカッと来客用ソファに腰を下ろした。
屋島は静かに会釈して、その隣に腰を落ち着ける。
辻村が、いきなりタブレットをテーブルに放り投げる。
「なあ真琴、これ知ってるか?『大好きスタンプ』ってやつ」
「何このスタンプ、すごい可愛いっ!」
真琴の目が輝き、声が弾んだ。
ふわふわクマの「くまちょこ」、ぴょんぴょんウサギの「うさみみ」、そして満面の笑みを浮かべた「ゆめみちゃん」。
甘い色彩に、可愛いイラスト。
「…真琴はまだ、知らねえみたいだな」
辻村が苦笑いを浮かべ、画面をスワイプする。
そこに映ったのは――
Kana @kanachan 4日前
【だいすきスタンプ】って勝手に届いた。ゆめみちゃんから「おかえり♡ ゆめみ、会いに行くね♡」きたw怖すぎw
Kana @kanachan 3日前
マジでこれヤバいかも……昨日からおかしい
Kana @kanachan 2日前
やばい助けて誰かマジでやばい
Kana @kanachan 2日前
ゆめみちゃんがずっと
Kana @kanachan 2日前
ゆめみ
「……この子、4日前までは推しのライブレポ上げてたんだぜ」
辻村の目が、泳いだ。
明らかに動揺しているのに、強がるように肩をすくめてみせる。
「ここ数日、他にも同じようなのが出て来始めてな。で、俺もさっき――」
ぴこん。
真琴のスマホが、小さく鳴った。
画面が一瞬暗転し、通知が降りてくる。
『大好きスタンプ』 受取済み
受取日時:2025年13月38日 34:72:92
真琴が息を呑む。
「何これ…私、買ってもいないのに」
さらにー―友達リストに、突然アカウントが追加されていた。
ゆめみちゃん(お友達募集中)
真琴が慌ててブロックを押す。
「このユーザーはブロックできません」
「…え?…どういう事?」
トーク画面を開くと、
ゆめみちゃんからのメッセージが次々と既読になっていく。
ゆめみ、会いに行くね♡
既読:34:72:93
さらに、通知履歴が雪崩のように増えていく。
「【ゆめみちゃん】から新着メッセージがあります」
2025年13月38日 34:72:92
2025年13月38日 34:72:91
2025年13月38日 34:72:90
……
……
34:72:81
34:72:80……
過去に遡るように、メッセージが無限に増えていく。
まるで、ずっと前から友達だったかのように。
「遂に真琴もか…俺もそうなんだよ。ゆめみちゃんと『一度友達になると、二度と切れない』んだ。ヤベえよ…俺どうなっちまうんだ?」
辻村は青ざめながら、力なく呟く。
屋島が静かにため息をついた。
「儂はまだ無事じゃが……炎翔のやつ、さっきから妙にソワソワしておる。昔から、呪詛は平気なのにお化けの類は大の苦手でのぅ」
「うるせーよジジイ!呪詛はぶっ倒せるから怖くねえ!でも幽霊とか意味不明でこえーんだよっ!」
辻村が顔を赤くしながら立ち上がる。
「とにかく、ザラザラ声の奴から指令が降りてきてんだ!
大元は大崎市の廃マンション『エスポワール大崎』五階。
サーバーは呪詛と怪異で汚染されてて削除不能。数日前からスタンプが無差別に送りつけられて、失踪者は三十人を超えてるらしい」
辻村が岸本を真正面から見据える。
「岸本優介、だろ?凄腕の言霊使いがいるって聞いてた。今日はラッキーだぜ。一緒に来てくれ」
岸本は深いため息をついた。
「ザラザラ声って、もしかして【ノイズ】の奴か?……完全に巻き込まれたな」
「ごめんね岸本。辻村さん、いつもこんな感じなのよ…それに、ネットが呪詛に汚染されるなんて前代未聞だわ。何とかしないと!」
その瞬間。
四人のスマホが、同時に震えた。
ぴこん。
「【ゆめみちゃん】から新着メッセージがあります」
みんな、待っててね♡
ゆめみ今、玄関の前だよ
辻村の顔から血の気が引いた。
「……少し前は『会いに行くね』だったのに…」
ぴこん。
「【ゆめみちゃん】から新着メッセージがあります」
みんな、今いくよ♡
もう、階段上がってるよ
――直後、階段の方から小さな足音が、ぱた、ぱた、と聞こえてきた。
まだ遠い。
でも、確実に近づいている。
辻村が、汗だくで叫ぶ。
「やべえ!もう建物の中に入ってきてる!――車で逃げるぞ! 今すぐだ!!」
辻村がドアを蹴り開ける。
「エレベーターは待ってる時間ねえ! 非常階段だ!」
四人が廊下に飛び出した瞬間、
下の階から、
「遊ぼ~?」
と、甘ったるい声が響いた。
既に一階下…。次第に足音が速くなっていく。
ぱたぱたぱたぱた――
屋島が冷静に呟く。
「……追ってくる速度が、どんどん上がっておる。全力で走るぞ」
岸本が舌打ちしながら走り出す。
「車までざっと一分…! 皆急げ!」
荒い息を上げながら何とか車に辿り着き、一瞬雑居ビルへ目を向けるとーー。
岸本の部屋の前に、ぽつんと小さな影が立っていた。
――ゆめみちゃんのシルエット。
顔は笑っているのに、首が不自然に傾いており、ゆっくりとこちらを見下ろしていた。
車に飛び乗り、岸本がアクセルを踏み込む。
バックミラーに映る影は、笑ったまま、手を振っていた。
夕陽が血のようにビルを染め、
冷たい汗が背中を伝う。
第一話前編は、岸本たちを「大好きスタンプ」の恐怖が襲いました。
どのような展開になるか、引き続き続編もお楽しみ下さい。
明日20時に更新予定です。
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