第6章 逃避行 4
翌日の深夜。山の空気は湿り、虫の声が絶え間なく鳴いていた。別荘の明かりは落とされ、裏庭にはココナッツの影が深く伸びている。
チャンダナは、震える和臣の肩にそっと手を置いた。
「二人とも。ここから先は、 “見つからないこと”が何より大事だからね。裏口に行くと、うちで掃除をしてくれてるバンダラが待ってる。君たちは彼の車に乗ってゴール(Galle)の街へ行けばいい。バンダラは、事情を知っているから信じても大丈夫」
和臣は何度も頷くが、喉が詰まって声が出ない。裏口の薄暗い通路には、バンダラの白い商用バンが止まっていた。そこは表の玄関からも裏からも絶対に見えない死角になっている所だった。バンダラが後部のハッチバックを開け、
「二人とも、こっち」と優しく笑う。
そのあと、バンダラは普段と全く同じように落ち葉やゴミの入った大きな袋を4つ後部に積み込んだ。二人は完全に袋の下敷きになっている。
バンダラはエンジンをかけ、いつもと同じに門を出て、走り出した。
……和臣とミケは、この時点で“完全に監視の外”に出た。
別荘の前には一台の4WD車が停められている。
チャンダナは車内灯をつけ、あえてドアを大きく開ける。
監視が遠くからでも“人を乗せた”と見えるように。
そして、チャンダナは、真っ暗な裏手からちょうど人の大きさくらいに見える大きな布の包みを二つ重そうに持ってきて後ろに乗せた。
チャンダナは運転席に乗り込むと、バタンと大きな音をたててドアを閉めた。
監視グループのレンズが、確実にこの場面を捉えているはずだった。
エンジンが低く唸り、車は静かに別荘を出て山道へ滑り出した。
峠を越え、下り坂の先が崖になっている場所で、エンジンをかけたまま彼は一度車を降りた。そこが組織との間で決められた“実行場所”。チャンダナは動かない人影を運転席と助手席に乗せた。そして、ドアを閉めるとパーキングブレーキを外した。
車は山道の端へ吸い寄せられるように進む。瞬間、ガードレールが薄く軋んだ。
金属がひしゃげる低い音。
そして……
ヘッドライトが闇の底へ滑り落ちる。
岩を砕く衝撃音が、山中に響いた。
監視グループはその瞬間、“これで任務完了”と思っていた。あとは現場を確認すればいい。
チャンダナと示し合わせていた時間ぴったりに、かすかに車の落下音を聞いたペーシャラは、
懐中電灯を手に外へ飛び出して大げさに騒いだ。
「誰かー! 事故だ!車が落ちたぞ!」
近所の住宅が明かりをつけ、数軒しかない家々から人々がぞろぞろと道路へ出てくる。
ペーシャラは警察へ電話し、息を荒げながら状況を説明する。
「崖に落ちました! 多分乗っていた人が……!」
20分も経たないうちに、警察のライトが夜道を赤青に染めた。
この“自然すぎる混乱”の中、監視役は一切動けなくなった。
一般市民と警察がいる場所で動けば、
確実に目立つからだ。
騒ぎで道路が塞がれ、現場は完全に監視から遮断される。
その裏で、チャンダナはペーシャラの家に行き、そこから車でそっと現場を離れた。
夜が明けきる頃、ようやく機材が届き、転落した車のそばに警察官がたどり着いた。しかし、捜索に入ったスリランカ警察は、昼を過ぎても遺体を発見できなかった。
谷底は動物の足跡だらけの上、車のシートにはべっとりと大きな血痕がついていて、付近のあちこちにも血だまりができていた。
やがて警察は、「このあたりは動物が多いので、動物が遺体を持っていったんだろう」
と判断し、捜索の範囲を大きく縮小した。




