第一章 出会い 2
ある朝、和臣がスマホを開くと、
「あなたの行動は、とても勇気のある素晴らしいことだと思います。ぜひ一度お話しをしたいです」というメッセージが入っていた。送り主は、「ミケ」という女性。和臣がプロフィールをみると、20代くらいに見えるかわいらしい女性の写真が貼られていた。
「こんな女性が、メッセージを送ってくるなんて、絶対に怪しい」と思った和臣は、メッセージを放置していたが、ミケという女性は和臣が何かを投稿するたびに、賛同のメッセージを送ってくれた。
たまに、「サヨク的な人たちの攻撃がすごくて、もう嫌だ」という投稿をしても、ミケはかならず、
「……そんな間違った人に、負けちゃダメ」
とメッセージを送ってくれた。
それを見て、和臣はきっとミケは自分のファンなんだと思うようになっていた。
「前にもメッセージしましたが、やっぱりどうしても会いたいです」というメッセージがミケから届いた時、和臣の心は踊っていた。
和臣は、ミケから届いたメッセージを何度も読み返していた。
「前にもメッセージしましたが、やっぱりどうしても会いたいです」
画面に並ぶ可愛らしい顔写真。ふわりと笑う表情。和臣は胸の奥がむずむずし、落ち着かない。
(いや、こんな美人が僕に興味を持つなんて絶対おかしい)
理性がそう言う。
しかし、通知が鳴るたびに、胸が期待で膨らんでくる。和臣は指を止めて、何度も返事を書いたり、削除を繰り返したりした。
(こんなの絶対怪しい。相手にする必要なんてないのに)
そう思いながらも、結局、震える指で打ち込んでいた。
「……なんで、僕なんかに?」
すぐに返事が来た。
「オカピさんの投稿、いつも見ています。誰も言えないことを勇気を持って言ってくれている。……本当に、尊敬しています。そういう強さ」
和臣の全身に、くすぐったいような熱が広がった。
「ありがとう。でも、僕はただの派遣のビル管理で……」
「どんな仕事かなんて関係ないです。オカピさんの言葉こそ、今の日本に必要なんです」
和臣は一瞬、スマホを握りしめた。
自分がこんな言葉を貰える日が来るなんて。
「会いたいって、どうして?」
間髪入れず、返事が届く。
「直接、感謝を伝えたいんです。それに、もっとお話がしたい。オカピさんがどんな人か、この目でちゃんと見たいから」
和臣の喉が音を立てた。
(本気なんだ……)
だが、同時に小さな警戒心が顔を出す。
「詐欺とかじゃないよね?」
「そんなわけないです。じゃあ、まずは電話とかどうですか?声、聞かせてください」
誘い方は自然だった。
しかし、和臣はまだ勇気が出ない。
「電話はちょっと……苦手で」
和臣は正直に打ち込んだ。
すぐに返事が返ってくる。
「大丈夫です。無理しないで。じゃあ、まずはオカピさんのこと、少し教えてくれますか?」
その言葉は、不思議と押しつけがましくなかった。
ミケの質問は少しずつ和臣の壁を溶かし、そっと距離を縮めてくるような柔らかさを持っていた。好きな食べ物、仕事の苦労、勉強会のこと、SNSでの戦い……そして自分の本名。
和臣は止まらなくなっていた。
「和臣さんがどんな気持ちで生きてきたのか……なんだか、伝わってきます。もっと早く出会いたかったな……」
その言葉に、和臣の警戒心は音を立てて崩れた。
何週間かメッセージのやりとりが続いた後のある晩、和臣はしばらく画面を見つめたまま、迷ってから文字を打った
「じゃあ……会ってみる?」送信したあと、心臓の音が、指先にまで響いてくる気がした。
返事はすぐだった。
「はい。もちろんです!」
「どこで?」
「和臣さんの希望の場所でいいですよ。怖かったら、どこか駅前のカフェでも」
(こんなに都合よくいくわけ……)
不安はあったが、もう止められなかった。
「土曜日の夕方、品川駅前でどう?」
「行きます!その日を楽しみにしています♪」
送信を終え、スマホを見つめたまま和臣は息を吐いた。
胸の鼓動が静まらない。彼の世界は、大きく変わりはじめていた。




