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騙し絵  作者: 星 則光
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第6章 逃避行 2

 和臣は震える指で、ゆっくりとスプーンを手に取ってみた。すると空腹が戻ってきた。

 和臣は、扉を見つめていた。確かに視線はそこにあるのに、目の奥では何も焦点が合っていない。

 やがて、カレーの匂いが部屋に広がり、胃がきゅう、と鳴った。

 一口。

 辛さも味も、よくわからない。ただ、熱が喉を通り、胸の奥に“生きている”という現実が戻ってくる。和臣は、スプーンを置いた。


 静かな部屋の中で、自分の呼吸だけがすこしずつ整っていく。

(ミケさんは……僕を殺すために連れてきたんじゃない。利用するためだけでもない。 でも、そうだとしたら、なんで、あんな必死な顔をする?)

 胸の奥で、答えがゆっくりと形を作り始める。和臣はまだミケを完全には信じられない。でも……

「もう一度だけ……信じてみようか」

 そう思えるだけの理由が、彼の中に小さく積み上がってきていた。それは理性ではなく、これまでのミケとの記憶に染みついている“温かさ”だった。


 ちょうどその時、扉が控えめにノックされた。

 返事を待つ間もなく、ミケの声が聞こえた。

「……和臣さん。少しだけ……話せますか」

 その声は震えていて、何かを押しつけるような力を感じることもなかった。

 和臣はゆっくりと顔を上げた。

(……この声だ。僕は……何度、この声に救われたんだろう)


 扉へ視線を向ける。和臣の心はまだ壊れたままだ。

「……はい」

 その一言は、和臣が自分の意思で選んだ“信じてみようと思う側の世界”の扉を開けた。

 ミケの影が細く差し込んだ。

「和臣さん……」

 ミケの声は、和臣を恐れるかのように低かった。


 和臣は反射的に体を引き、部屋の奥でうずくまる。

(近づかないでほしい……でも……話は……聞きたい)

 葛藤が胸に渦を巻く。

 ミケは部屋の隅で小さくなっている和臣を見ると、部屋の奥には入らずに距離を保って床に座りこんだ。


「……和臣さん。怖がらせてしまって……本当に……ごめんなさい」

 謝罪の声は小さく震えていた。ミケの心からの震えを感じさせるような深く、どうしようもなく痛むような震えだった。

 和臣はミケから視線を逸らした。

「……あなたを許したわけじゃありません。というか……正直、まだ……すごく怖いです」


「はい……わかっています」

 ミケは膝に置いた両手を握りしめた。

「でも……和臣さん、私の話を……聞いてくれるんですね?」

 和臣はしばらく黙っていた。迷いが胸を刺す。

「……少しだけ。どうしたって逃げられないなら……せめて、何が起きてるのか……知りたい」


 ミケはゆっくり顔を上げた。たった今まで、ずっと泣いていたのだろう。その目は、泣きはらして赤くなっていた。

(あ……こんな顔も……隠さないんだ……)

 その姿を見て、和臣の心が小さく痛んだ、そして同時に和臣の警戒心がほんのわずかに緩んだ。

 ミケが何かを言おうとした、そのとき。


 チャンダナが皿の片付けを理由に部屋に入ってきた。

 気配を察して、ミケは振り返る。

「和臣くん」

 チャンダナに名前を呼ばれ、和臣は身を硬くした。

「今は私が……」というミケの声を遮ってチャンダナが口を開いた



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