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騙し絵  作者: 星 則光
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第4章 政変 3

 河川敷のベンチで、ミケと和臣は黙ったまましばらく動かなかった。川の流れる音だけが、静かに時間を連れて行く。


 ゆっくりと身体を和臣のほうに向けると、ミケは彼の頬に両手を添えた。

 その仕草は、ひどく切実だった。

「和臣さん……聞いて」

 月明かりの下、その瞳が揺れて、苦しさを隠せていなかった。

「私はね……自分の願いなんて、どこにもない世界にいるの」

 言葉が空気に震えながら消えていく。

「でも、あなたに出会って……初めて思ったの。あなたを守りたいって」

 和臣は吸い込まれるように、彼女を見返した。


 次の瞬間……

 ミケはそっと、和臣の唇に自分の唇を重ねた。

 触れたのはほんの一瞬。

 だが、その短さが余計に切なかった。


 唇を離したミケは、ほんの少し微笑んだ。

 それはどこか儚く、小さく震えていた。

「和臣さん。あなたがどんな目にあったとしても、私が止める。それがどんな形になっても」

 和臣は胸がいっぱいで、言葉が出てこなかった。

「ミケさん……僕……」

「大丈夫」

 彼女は優しく首を振った。

「あなたは大丈夫」


 その夜、和臣は初めて、ミケの腕の中で涙をこぼした。

 そしてミケもまた、和臣には見せないようにそっと、目を閉じた。

「……しばらく、日本を離れよっか」


 ミケはその和臣の肩越しにその横顔を静かに見守りながら、ゆっくり口を開いた。

「え?」

 体を離し、和臣は顔を上げる。

 その目には、怯えと戸惑いが入り混じっていた。

「このままだと、あなたが壊れちゃう。誰も味方してくれない世界で、無理して踏ん張る必要なんてない」


 和臣は反論しようとしたが、喉が詰まり言葉にならない。

「ねえ、少しの間だけでいいから」

「あなたを知ってる人なんて、誰もいない……海が綺麗で、人も優しい。そんな国に行ってみない?」


 その言葉は、逃げ道を失った和臣の心にまっすぐ届いた。

(……逃げたい。もう疲れた。それにミケと一緒なら……)


 震える声で、和臣は答えた。

「……うん。」

 ミケの胸の奥に、激しい罪悪感が襲ってくる。

(ごめんね、和臣さん。私はまだあなたを騙すしかないの……)

 それでも彼女は笑った。その心には本物の恋が滲んでいた。


これで第4章がおわりました。

和臣はこのまま、騙されて異国の地で命を落とすのか、考えてみたいと思います。


12月18日の夜から、第5章を始めます。

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