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騙し絵  作者: 星 則光
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第一章 出会い 1

 岡田和臣は、毎月一回開催されるオンラインの政治勉強会に参加していた。

 きっかけは、彼がある晩に流し見していた動画サイトだった。

「外国人に日本が壊されている」「外国勢力による侵略はすでに始まっている」

 そんな刺激的なタイトルの動画が、次々と再生リストに並んだ。動画のコメント欄には、和臣と似た境遇の人々の声が溢れていた。


「低賃金のまま苦しんでいるのは外国人のせい」

「日本を守るのは我々しかいない」


 目の前の不満を整理して言語化してくれる多くの言葉に、和臣は吸い寄せられた。ビル管理会社で非正規の派遣社員として働く和臣の給与は、最低賃金とほぼ変わらなかった。税金や社会保険料を引かれれば、手元に残るのは十八万円足らず。


 食費を切り詰めても、家賃と通信費を払えば、自由に使えるお金などほとんどない。

 いくら努力しても暮らしは良くならない。

 でも、努力していない人間が悪いのだとずっと言われ続けてきた。

 ならば、自分は何だというのか。……この国は、本当に「自分のような人間」のためにあるのだろうか。

 そんな鬱屈とした思いを抱えていた時だった。

 見ていた動画の配信者が紹介したのが、その政治勉強会だった。実際に参加してみると、講師は驚くほど分かりやすく語ってくれた。


「日本人の給料が上がらないのは、外国から低賃金労働者を受け入れているからなんです。そして、その外国人が日本の治安を悪化させている」


 和臣は大きく頷いた。自分の生活の苦しさが、きれいに説明された気がした。

 実際、会社から帰る途中の公園には、よく外国人がたむろしていた。

 和臣には全く理解できない言葉で冗談を言い合い、時折、こちらを見て笑う。


 ……どうせ、弱そうな日本人だと思っているに違いない。脅かせば金も出すんじゃないかとも思っているかもしれない。


 和臣は思い立った。

 こういう有害な外国人をSNSで晒して、皆に気付かせれば、日本はよくなるのではないか、と。

 会社からの帰り、公園の横を通ると、また数人の外国人が集まっていた。

 そのうちの一人が、和臣の方を見て、口元をつり上げた……ような気がした。

 心臓が跳ね上がった。


 和臣はポケットからスマートフォンを取り出し、震える指でカメラを向けた。

 録画ボタンを押す。

 彼らがこちらに気づく。

 一人が歩み寄ってきて、低く何か言った。


「やめろよ」と言われたのか、「撮ってみろよ」と挑まれたのか、和臣には分からなかった。

 怖くなって、和臣は走った。必死に逃げて、暗い住宅街の角を曲がってから、ようやく足を止めた。

 振り返ると、誰も追ってきてはいなかった。


 呼吸を整えながら、和臣はスマホを確認した。録画は途中までだが、顔も映っている。

「オカピ」のハンドルネームで使っているSNSの投稿画面を開く。顔をぼかすなど、画像を多少加工したあと


「日本人のために。拡散をお願いします」


 と打ち込み、送信ボタンを押したあと、指先が少し震えていることに気づいた。

 和臣の胸には、なぜか小さな安堵と、誰かに褒められるかもしれないという期待が混ざっていた。


 翌朝、和臣が目を覚ますと、スマートフォンの通知が鳴り止まなかった。

 SNSのアプリを開くと、彼の投稿した動画には見慣れない数字が並んでいた。

「いいね」128。再生回数、2,243。

 数字はまだ伸び続けている。

 コメント欄には、

「よくやった!」

「こういう外国人は追い出すべき」

「もっとこういう情報を発信して!」

 和臣は息を飲んだ。


 昨日まで世界にほとんど存在していなかった自分の声が、今は誰かに届いている。

 誰かが、自分を“褒めている”。

 いつもの安アパートの薄暗い部屋が、少しだけ明るく見えた。

 自分の存在価値を初めて証明された気がした。



 その日から和臣は、仕事帰りに公園周辺を歩き、外国人がいるとすぐにカメラを向けるようになった。

 財布を落とした日本人に寄り添う外国人を見ても、和臣の心は「それは偽善だ」「裏があるはずだ」と囁いた。


 ときには、単に談笑しているだけの外国人の後ろ姿を撮り、「こいつらの集会がまた始まってる」と書き込んだ。


 それでも、賛同のコメントが集まった。まるで、和臣の偏見が現実で上書きされていくようだった。

 オンライン勉強会の仲間からも、リプライが届きはじめた。

「オカピさん、あなたの投稿は日本を救ってます」


 その言葉は、月十八万円の給与では決して手に入らないほどの甘い響きを持っていた。

 夜遅く、布団に横になりながらも、和臣はスマホを握りしめていた。


 通知がひとつ鳴るたびに、胸が熱くなる。

(認められている。僕は、正しいことをしている)


 しかし同時に、胸の奥に小さな不安も芽生えていた。

「本当に、僕は正しいのか?」


 ふとそう思っても、すぐに画面に降り注ぐ賞賛の言葉が迷いを消してくれる。

 だが、画面を閉じた瞬間、部屋はまた元の暗さに戻る。

 誰もいない。音もしない。


 さっきまで自分を称えていた何百人もの声は、どこにもなかった。

 それを打ち消すかのように、翌週、彼はさらに踏み込んだ投稿を始めた。

 外国人の顔にモザイクをかけずに投稿し、煽り文句をつける。


「日本を守るために、こいつらの正体を暴こう」


 反対意見が出ても、「おまえらは外国人の手先だろ」と言い返した。

 実は和臣だけではない。多くのSNSによってまるで幕末の「攘夷思想」が広がっていくかのように、国内には外国人に対する反感が一気に広がっているのだった。


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