A16.勇者召喚の儀
A16.勇者召喚の儀
西の塔の一階の床は、重厚な石畳で舗装されていた。
その石畳は、祭壇から入り口の外へ、さらに国王陛下が住まう宮殿まで延びている。
僕――ヴェイミン・リーンが初めて見たときは「国王陛下が馬車でやってくるんだ」と思ってしまった。
(浅はか……)
この道は、召喚後に「勇者様を王宮にお迎えするための道」にほかならない。
魔術学院の学生たちが卒業式の準備をしている間、僕は勇者召喚の儀の準備をしていた。
さいわい公爵閣下から、前回のことを伺っている。
召喚の魔術式もご確認いただき、秘匿ながら認許された。
「何も問題ない」
僕はそう思っていた。
*
南塔の鐘が荘厳に鳴り響く。
(時間だ)
僕は、祭壇の前に描かれた巨大な魔術陣を起動させた。
鐘は十一あり、順に鳴らされる。
「『この世の理を解す。理の女神よ、理の女神。貴女に告ぐ。理の女神よ。願わくば、勇者を召喚きたまえ。理の女神よ、勇者を召喚きたまえ」
十一の魔術式が一つずつ光り輝く。
閃光とともに雷鳴が轟き、白く濃厚な霧が堂を満たしていく。
すべての鐘が鳴り終わると、霧の向こうに人影が見えた。
公爵閣下が、異世界からの勇者に祝福の言葉をかけようとしたその瞬間――。
――カチリ。
――起動音のあと、突然、結界が裂けた。
帝国の魔族兵――竜人族が咆哮とともに雪崩れ込む。
恐怖の軍いくさ音楽が高らかに響き、悲鳴をかき消す。
〈火〉の魔法矢が雨のように降りそそぎ、荘厳な召喚の間は一瞬で地獄と化した。
*
霧が晴れる。
(こっこれは――)
公爵閣下が声をかけたときには、僕はまだ気づかなかったが、堂内には車が三台並んでいた。文献通り車に馬はいない。まさしく異世界の物だった。特に中央の小さな車は、流麗で美しい姿をしていた。
帝国兵に斃された王国衛兵たちの血が一面に流れ、文字通り血の海と化していた。
襲撃した魔族兵は死体も持ち去ったらしい。一切の形跡を残さない精鋭部隊だった。
それにしても勇者一行は驚異的に強かった。魔術を使わずとも、かすり傷一つ負っていない。
(いや、死者一名だ……)
斥候の大男にすがりつく女の悲鳴が響いた。
「ゴホン」
僕は空咳で注目を集める。
「ようこそ、勇者様」
最上級に礼装した僕が微笑む。
「私の名は、ヴェイミン・リーン。この召喚の――」
「――黙れ!」
その声に僕は飛び上がった。




