B14.借り物の魔術
B14.借り物の魔術
降鷲が手首を軽く捻る。
――カチャ。
小さな解除の音が響いた。
「……ぼどゔざば」
「キーラ!」
声を聞いたクナロ伯爵が、娘を抱き起こした。
「まだだ!」
降鷲の言葉は届かず、娘キクナラクナの手刀が、父カクナロクナの首を切り裂いた。
「グフッ!」
その瞬間、キクナラクナの胸と舌に、刻まれた紋章が浮かび上がる。
カクナロクナの血が止まらない。
「……」
カクナロクナが〈光〉を愛娘に向ける。
「ちっ、父上……」
「黙っていろ。必ず助ける」
治癒した舌で、キクナラクナが〈光〉の魔術を唱えた。
「――『この世の理を解す。理の女神よ、理の女神。貴女に告ぐ。貴女の御使いにして光の精霊よ。願わくば、この者を癒やしたまえ。光の精霊よ、この者を癒やしたまえ。癒やしたまえ』」
助け合う二人をよそに、降鷲が〈光〉の魔術式を参照しながら、キクナラクナに刻まれた魔術式を眺めていた。
(施術者が亡くなると、自動的に被術者の術が起動する仕組みか……。誰も逆らえない訳だ。本人でなくとも、親しい人を人質にされてはどうしようもない)
「ふう……」
娘の傷を癒やしたカクナロクナが力尽きて倒れ込む。
「父上!」
「揺すっても意味がない」
「邪魔するな!」
「助けたいか?」
「あたりまえだろう! ――『光の精霊よ、この者を癒やしたまえ。癒やしたまえ……』」
「君の術式を私にくれるか?」
キクナラクナは無視して魔術を続ける。
騎士団の手刀は秘密の必殺技――頚動脈を正確に断ち切る。
頬に汗が伝う。
「沈黙は了承としよう。ただ、貸与ではなく、譲渡だ。――君なら自分の命を賭けるだろう。これまでそうしてきたように」
キクナラクナの〈光〉が小さくなっていく。
「父上!」
「どうする?」
カクナロクナがゆっくりと青ざめていく。
「キッ!」
キクナラクナが剣を取ろうとした瞬間、降鷲はその手をはたき落とし、反動を利用して逆手で貫手で水月を突いた。
「グッ!」
「しばらく息ができないだけだ。君は鍛えているから大丈夫だ。さて――」
降鷲が手首を返し、クナロ伯爵の鍵でクナラ女男爵――キクナラクナの〈闇〉の魔術式を起動させた。
「やはり古典物理学の範疇か。であれば、さっきの〈光〉の術式を、〈闇〉の術式に上書きして……ん? 起動しない。ああ、この娘の鍵が必要か。管理者権限で書き換えて、起動」
キクナラクナの〈闇〉の魔術式を利用し、降鷲が〈光〉の魔術を展開した。
カクナロクナの首の傷が、淡い光に包まれながら、ゆっくりと癒えていった。




