第五話:勇者のチート能力、死した力
俺らは王都から見えない位置の森の中へ、ヴォルフを隠した。
「ここから王都まで、ずっと平原だぞ。大丈夫なのか?」
《大丈夫です。作戦通りに行きましょう》
「私楽しみ!」
「そうか? 怖くないか?」
「怖くないよ。ゼル兄がいるもん!」
リゼットは俺に抱きつく。あまりない身長差に、改めて驚かされた。
「よし、いくか」
ゼルはリゼットを背負い、グダグダの様子で門まで歩き出した。
「おい、なにかいないか?」
望遠鏡のようななにかで、俺たちをじっと見つめる者が二人。門番のような者だろうか。
「貸せ! ……本当だ。小さな少年と、その後ろにはボロボロになった少女?」
彼らは俺たちに駆け寄る。
「君たち、どうしたんだ?」
「僕、僕……妹が。でも、でもぉ……」
「ああそうか。わかったよ、泣くなって。あそこの門をくぐって、医療室へ行きなさい。一緒についていこうか?」
「ううん、大丈夫……」
(……ふう、ビビったー)
大きな木製の門はゆっくり空きはじめた。
(早く開けって! 疲れてないことがバレたら、面倒!)
そして門が少し空いたところで、門から逃げるように俺たちは走る。
そして花壇の木の背後へ隠れ、リゼットを背中からおろした。
「よし。リゼットいくぞ」
「……」
「どうした?」
リゼットは路地裏の奥の闇を見つめた。
「……しょうがないさ。国が大きくなるほど、貧困の差も大きくなる」
「でも……」
「俺達は、あの人たちを助けるためにも、世界征服をしなきゃいけない。だろ?」
「……うん」
「なら面倒くさくても、頑張んなきゃだめなんだ。あの人たちの代わりに」
《それ、あなたが言いますか》
「うるせー! ここはカッコつける場面だろ」
《……ではゼル。勇者が動き始めています。これを持ってください》
俺の手の平からモニターが現れ、モニターの中からハンドガンが現れた。
「じゅ、銃!?」
(やべ、大きな声を――まあ大丈夫か、まつりのバカ騒ぎで聞こえてないっぽい)
《これで勇者を射撃してください。》
「……撃つの? ……ゼル兄、私には」
「大丈夫だリゼット。これは、もしもの時のためのやつだ。話せるような相手かもしれないしな。だから、もしやることになったら、俺がやる。リゼットはその手、汚すなよ!」
ゼルはリゼットを安心させるため、全力のつくり笑顔をしてそう言った。
《……。では、勇者の位置を特定します。……特定完了、ここから西26°、距離1.1km》
「まつりの中にいるってわけか……でも勇者なら、見つかりやすいんじゃないか? ほら、派手な服とかさ」
《いいえ、彼は路地裏にいます。》
「路地裏? なんでだ?」
「ねえ、ゼル兄。アーシェさんはなんて言ってるの?」
「……敵は路地裏にいるらしい」
カラスのコクピットから降りた俺は、リゼットと手をつないで西北西へ向かった。
王都は祭りの真っ最中で、賑やかな喧騒と、甘い屋台の匂いが鼻をくすぐる。
「見て! 美味しそう!!」
「ああ、そうだな。帰りに少し寄るか」
《では、この路地を直進してください。》
「わかった」
俺たちは一本の細い路地裏に入った。そこは奥に行けば行くほど、祭りの喧騒が静まり返り、ひんやりとした空気が流れていた。
そしてアーシェが作っておいてくれた懐中電灯を点ける。光が足元を照らし、埃っぽい空気にきらめく。
「ねぇ、ゼル兄。静かだね」
「ああ、そうだな。こんなとこにいるのか? 勇者とやらは――」
その時、路地の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。
「……何やってるんですか! やめてください!」
「うるせぇよ黙れ! 俺に逆らうのか!」
明らかに揉め事だ……。
ゼルは身をかがめ、リゼットを背中に隠した。
《ターゲットは、この路地の奥にいます。》
「なあまさか……いやまさかな」
俺は最悪の事態を想像した。もし勇者が弱い者をいじめているなら、即座にでもぶん殴ってやりたい。しかし、話し合いで解決する可能性も捨てきれない。
俺は慎重に路地の角から、様子をうかがうことにした。
すると、人影が目に入った。それは五人組で、一人の女性を取り囲んで何かをしていた。
その様子を見た俺は、思わず息を呑んだ。
「……」
俺は路地にいる人に何があったか聞いた。
「なあ、あれは何があったんだ?」
しかし、返事はない。彼らは黙々と自分の影に隠れていた。
その時、怒鳴り声が聞こえた。
「お前、さっきからうっせぇんだよ!」
俺はギョッとして、声の主と目が合った。
男の目は、見たこともないほど青く黒ずんでいた。
まるで、魂の抜けた人形のようだ。
「なあお前、その……女の人をいじめるのは、止めたほうが、いいんじゃ……ないか!」
「何いってんだガキ? お前、ヒーローぶってんのか? おい!」
「……っ!」
俺の体が、何かに掴まれたかのように宙を舞う。
アーシェから説明を受けた時、俺は即座にチートだと思った。それは、殺した敵や魔物の能力を奪うという力――
背中を壁に強く打ちつけられ、激しい痛みが全身を駆け巡った。
「グㇵッ」
ゼル路地の地面に赤いシミを作る。
いたい、痛すぎる……なんだこれ。やばい意識が……
《ゼル! 気をたしかに!》
「……っ」
「ゼル兄!!」
ゼルは大量に吐血をし、意識が朦朧としていた。
リゼットは母の光景がフラッシュバックし、足が震え始めた。そして慌てて、ゼルを飛ばしたと思われる男の顔に、光を当てる。
その男の顔を見た瞬間、リゼットが震える声で言った。
「……! 私、知ってる! この人、この人は――あの時の戦場にいた、兵士の男の人!」