第三話:心の揺さぶりと、成功率 3 %
「そういえばリゼット、お前の親はどこにいるんだ?」
「……私のお父さんとお母さん、戦争でいなくなっちゃったの」
リゼットの小さな声に、俺は言葉を失った。
《感情分析:精神的支柱を求めています》
(……お前な、空気読めよアーシェ)
頭をかきむしりつつ、俺は干し肉を渡す。
「ほら。食えって。腹減ってたら泣く余裕もねぇだろ」
「うんありがとう……」
……マジ勘弁だ。
なあアーシェ。リゼットが着てる服から推測できるのは……
《ええそうですね。お察しの通りかと》
「なあリゼット、もしよかったらなんだが――」
《ゼル! 北から敵兵接近》
「はぁ!? 今!? なんでだよ!」
《先ほどの移動音とヴォルフの足跡です》
リゼットが不安そうに俺の服を握る。
「……敵さん?」
「ああ。だが安心しろ。俺にこれ以上面倒事を持ってくる奴は、まとめてぶっ飛ばしてやる」
俺はハッチをしめ、リゼットを膝の上に乗せた。
「アーシェ! ヴォルフ展開!」
《砲神ヴォルフ、戦闘モード。全火器使用可能》
森を揺るがすエンジンの轟音。
その巨体を見て、リゼットが歓声を上げる。
「すごいすごい! 飛んでるよ!」
リゼットがはしゃぐ姿を見て、俺は思わず笑みをこぼしてしまう。
「ははっ……そうだろ! すごいだろ」
森の木々がざわめき、枝を折る音が近づいてくる。
複数の足音。金属が擦れる甲高い響き。
《推定、歩兵二十、軽装甲車二。いずれもこちらを索敵中》
「はぁ!? そんなに!? めんどくさいやつらだな」
《ご安心を。火力で粉砕すれば解決します》
「解決方法が物騒すぎる!」
「ねぇ、誰と喋ってるの?」
「まあ、神様みたいな人」
「すごいすごい!!」
――最初の兵士たちが森を抜けた瞬間。
彼らの目に飛び込んだのは、漆黒の巨体だった。
「な、なんだアレは!? 怪物か!?」
「いや……違う! あれが砲神ヴォルフだッ!」
ざわめきが走る。
ははっ、もうあだ名、部隊に定着してるじゃないか……
《ゼル。排除を》
「……!」
俺は操縦桿を握り、ヴォルフの腕部ユニットを操作した。
空気を裂いて、四門のキャノンが森を照らす。
轟音と閃光。
軽装甲車が一瞬でスクラップと化し、炎に包まれる。
「ぎゃああああ!」
「ひ、引けぇ! 勝てるわけねぇ!!」
兵士たちは次々に逃げ出した。
リゼットが口をあんぐりと開け、呟く。
「……本当に……神様はいたんだ。私を助けてくれる、神様がいたんだ」
「……ああ、そうだ! 俺は戦場の神、ヴォルフだ! ……と言いたいところだけど、実際は違うんだ。
俺は26才ただのニートで臆病者。そして、お前が期待している本当の神はこいつのことだ。アーシェ、お前の声を聞かせてやれないか?」
《……私は神ではありません。そして、この声はチップを埋め込んだ人のみに聞こえます。では、そろそろヴォルフの戦闘モードを解除し、電源を切ります》
「……」
「要するにお兄ちゃんは……」
「ああそうだ。ごめんながっかりさせちゃっ――」
「神の声が聞こえる救世主だってこと!?」
「え?」
「……」
ヴォルフのハッチが音をたてながら開く。
「私はね、ヴォルフを見た時、この世界に神様はいて、私を救ってくれるんだ! って一目みて思ったの。一ヶ月くらい前のことなんだけどね、私の故郷の彼女の故郷、南西のフェリス国との国境近くにある小さな村は、フェリス国の侵略で炎と煙に包まれていたの」
「……早く、逃げるんだ、リゼット!」
父親が叫ぶがその声は、背後で聞こえる爆発音にかき消された。
母親は撃たれて足を負傷したリゼットを背負い、焼けた平野をひたすら走っていた。足元に広がるのは、焼け焦げた黒い土。焦げ付いた肉の匂いと、煙が目に染みる。
「お母さん……」
「はぁ、はぁ。ええ、大丈夫よ。大丈夫」
――バンッ!
銃声が鳴り響き、お母さんは倒れた。
「おかあさん、おかあさん! おかあさん……!」
リゼットが声をかける。だが、彼女の視界には、母親の肩から滲み出る赤黒い血と、その背後で銃を構えるボルテナ国の兵士たちの姿だけがあった。
「リゼット……良く聞きなさい。あなたを救ってくれる人は、絶対にいるからね。ありがと――」
バンッ。
母親は死んだ。目の前で。
カチャリ――と兵士が、無情な銃口を彼女に突きつける。
その時だった。
「待て!」
どこからか、若い男の声が響いた。
「だめだ! この子を殺すな! この子はまだ、若い。こんなに小さい子を殺すなど、フェリス国を汚す気か!」
その男は、ボルテナ国軍の兵士たちを制止させた。そして
「村の占拠は完了した! 撤退だ!」
彼はリゼットを優しく抱きかかえ、彼女の目を見て言った。
「君は、君の人生を生きるんだ」
リゼットは、その男が誰なのか知らなかった。ただ、その瞳が、彼女と同じようにこの世界に絶望していることを、幼いながらに感じ取っていた。
そして、リゼットは男の言葉通り、フェリス国で生きることにした。フェリス国で、自分を助けてくれた男の人を探し回るが、見当たらなかったため部屋に戻ると、そこにはこう書かれていた。
『汚い服の子が城の中をうろついていると話題になっている。お前が俺に何を求めるのかわからないが、一応、服や衣類はここに置いておく。だから、ここから俺に一切干渉はしないでほしい。あの時生かした俺が恥ずかしく思えてくる』
「え?」
そして転機はすぐに訪れる。筋力も魔法も剣術の才能もないと言われた彼女は、その後アライト国の王に、こっそりと引き渡されてしまった。
「お前は交渉材料だ」
リゼットを王は檻のような場所に閉じ込めた。
「……おいその服はなんだ! そんな豪華な物をお前が着るな!」
「やめ、て」
無理やりリゼットの服を脱がし、ボロボロの服を用意した。
そしてそこから数日間、彼女は水一杯と乾パンだけで、生き延びた。
しかしある日……
王がこの牢屋の前でブツブツと独り言を言い始めた。
「なぜボルテナ国はここまで私達の国を攻めるのだ。これで、今年に入り七回目だ。子供たちを受け渡すことで、六回は見逃してくれることになっていたが、もう交換できそうな子供は二人だけ……資源もなかなか取れないこの地方で、どうやって交渉する!」
リゼットは、もう何も信じられなくなった。
「もう、私達には何も……」
誰の言葉も、誰の優しさも、信じられない。もうだめだ――。
そう言いかけた時……。
ドッカーン!
あの轟音とともに現れた、漆黒の巨大な鋼鉄の塊。
彼女がいた檻の窓から見えたのは、敵を薙ぎ倒していく、圧倒的な「神」の姿だった。
あの時、リゼットの心に、再び光が灯った。
「神……様?」
「な、何が起きている!! おい、誰か説明しろ!」
瞬間、王のポケットから鍵が落ちた。
彼女は、その"神"に会うためだけに、手を伸ばし鍵を拾い、檻の中から脱出をした。
そしてその「神」の正体が、目の前にいるお兄ちゃんだと知ったのだ。
「助けてくれる人はね、私にとって神様なの!」
リゼットの純粋な瞳が、ゼルの心を強く揺さぶる。
俺はこれまで、ただひたすらに"だらける"ことだけを求めてきた。騎士としての訓練からも、戦場からも、何もかもから逃げ出したかった。
「だらける? そうだ、そうだ俺! 勘違いするな! だらけることと、救える命を救わないことは違う! いい加減起きろ! ゼル!」
ゼルは頬をできるだけ強く叩いた。叩いたところに手形が残るくらいに……
「……リゼット。お前は戦争がない世界に生きたいか?」
「うん、みんながつらくない世界。みんなが戦争で死なない世界」
「そうだよな……なあアーシェ! 俺は決めた。俺はこれから、誰も苦しまない平和な世界を目指すため、謎の第三勢力として世界征服を実行する! 協力してくれるよな? アーシェ!」
《成功率は三%ですよ》
「ふふっ。成功率が低いからこそ、誰も手を出さない。やる価値はあるだろ?」
俺は"だらける平和のため"に、誰もやらないことをやって、誰にも邪魔されない場所を作りたい。そのために、成功率が低いと知っていても、あえてその道を選ぶ。
やってやる。だらける平和の世界征服。
次回:勇者と聖女