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第二話:ボロボロの少女と、神様

 重厚な足音を響かせながら、漆黒の鋼鉄の塊は、森の奥深くへと進んでいた。

コックピットの中で、ゼルはグッタリとシートに身を投げ出していた。


「……はぁ。もう、動きたくない……」


《ゼル。心拍数、急激に低下。疲労度が限界値を超えています。》


「当たり前だろ! ナノ組立機構とかいう機能のお陰で、洞窟からエネルギー資源を一から集めることになったんだぞ!

というか、アーシェはどうやってあの大きなヴォルフを完成させたんだ? 俺がエネルギー資源の魔石(?)とやらを取りおわったときに、はい出しますとか言いながら、モニターから出してたよな」


《はい。私の思想的な体内(データ世界)では一日に、一機つくれるくらいの資源が自然と供給されます。そしてそれをデータ世界で組み合わせるため、時間はあまりかかりません》


「ふーん。はぁでも、だらけるために戦場へ出たのに、余計に疲れただけじゃんか……」


《ですが、このままでは先ほどの城に居場所はありません。あなたの行動により、両国間であなたの存在が知れ渡りました。逃げ場を探す必要があります。》


ゼルはヴォルフに入り、深い木立の中へ移動した。そしてハッチを開けて外に出た。


「暑い、暑い! なんであんなに中は暑いんだ! クーラーとか無いの?」

《ありません》

地面にへたり込み、革袋から干し肉を取り出してかじりつく。


「まずは腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできぬ、いや、逃げられぬだ!」


――その時だった。

《誰かがこちらへ接近中。》


「は? 誰かって誰だよ!」


《解析中……子供です。年齢、およそ六歳。性別、女。》


「くそっ、見つかるのはまずい! ヴォルフに乗って移動するぞ、アーシェ!」


ゼルは再びヴォルフのハッチに手をかけた。だが、彼の意思に反して、ヴォルフは沈黙したままだった。


「おい、どうしたんだよ! 早く動け!」


《緊急停止プロトコル、実行中。》


「緊急停止ぃ? 何やってるんだアーシェ、今すぐ逃げないと見つかる!」


《ゼルがここからヴォルフで飛び立ち、他の人に見つかる可能性は 84% です。》


「高ぇよ! でも、今ここで見つかるよりマシだろ」


《静止していれば、見つかる可能性は 二% です。ヴォルフは森に溶け込むことで、視覚的に認識されるリスクを最小化しています。安易に動くことは、危険を招きます。》


「あーそうか、わかった。 見つかったらお前の全責任だからな!」


ゼルが歯噛みしていると、ガサガサ……と、すぐ近くの茂みが揺れた。

そして、その茂みから小さな影が姿を現した。

服はボロボロ、髪はボサボサのまだ幼い少女だった。


少女は目を丸くして、ジッとゼルを見つめる。

そして、その視線はゼルの背後にある、漆黒の巨大な鋼鉄の塊へと移った。

「アーシェ……これ見つかったくないか?」


《……》


最悪のタイミングで、しかも小さい子に見つかった。漏洩でもされたら、まずいっ!


「あの……おにいちゃん、もしかして、あのヴォルフ、おにいちゃんが……?」


少女が震える声で尋ねる。

ゼルは観念して、大きくため息をついた。


「ああ、そうだ。俺だ……」


「すごかった!」


少女はゼルの言葉を信じたようだ。

その瞳は、恐怖ではなく、憧れと興奮でキラキラと輝いている。


「あのね、私、あそこから見てたんだよ!」

少女は身振り手振りで、先ほどの戦場の様子を話し始めた。


「ドゴォォォォン!! ってすっごい音がして! そしたら、あのおっきいのが出てきて! バババババ! って銃の音がしたのに、全然効いてなくて! それでドゴォォォォン!! って、また大きな音がしたら、敵の兵隊さんたちがみんなわぁあああ! って逃げてったの!」


彼女の無邪気な声が、森の中に響く。

彼女にとって、ヴォルフは「ホンモノの戦場の神」そのものだったのだ。


「それでね、私、ずっと思ってたの。いつかあの、神様に会ってみたいって……!」


少女は、まるで夢を見ているかのように語った。

ゼルは、そんな彼女の純粋さに、少しだけ胸がチクリと痛んだ。

ただだらけたいだけの自分が、誰かの「神様」だなんて。


「……なあ、お前、名前は?」


「リゼットって言うの! お兄ちゃんの名前は?」


「俺は、ゼル」

リゼットと名乗った少女は、ゼルの隣にちょこんと座り込む。

そして、無垢な瞳で、再びヴォルフを見つめた。


「あのヴォルフ、また動くの?」


「……さあな。もしかしたら、もう動かないかもな」


ゼルは、嘘をつく。

もし、この子がヴォルフの力を求めたらどうしよう。

もし、この子のせいで、また戦わないといけなくなったら。

そんな不安が、彼の心を支配する。


《ゼル。リゼットの体温、著しく低下。空腹状態です。》


アーシェの声が、脳内に響く。

ゼルは革袋から、干し肉をもう一切れ取り出した。


「ほらよ。食うか?」


リゼットは目を丸くして、差し出された干し肉を見た。

そして、小さな手でそれを受け取ると、ゆっくりと食べ始めた。


「……うん、おいしい!」


その笑顔を見て、ゼルは少しだけ複雑な気分になった。

こんな風に、誰かを助けてしまう自分に、少しだけ嫌悪感を覚えてしまったのだ。

次回:神様に執着する娘

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