第一話:重量級攻城兵器、ヴォルフ
息が切れる。肺が焼けるように熱く、視界が揺らぐ。
ゼルはただひたすら、城の回廊を駆け抜けていた。
背後には警備兵たちの怒号と、金属の鎧がぶつかり合う騒音。
それでも、足を止める気はなかった。
「……もうやだぁ! こんなのパワハラだぁぁぁ!」
「待ちなさい!! ゼルー!!」
ほんの数ヶ月前—— 「え……?」
飯塚 友紀は超近未来の世界から、この剣と魔法の異世界へと転生した。
理由は単純だった。 AIに任せっぱなしの人生、仕事も家事も、掃除も勉強も、すべて自分が設定したAIが行ってくれる。少し前の言葉を使うとなると……ヒキニートか。
ヒキニートとして23年間だらけていたら……《体力のなさすぎ》で突如死亡。
最後の記憶は階段から落ちたというもの。自分で言うにはなんだが、情けなさすぎる。
そして今はここ。だが、この城での生活もまた地獄だった。
例えば戦争中の国に拾われ、剣の稽古や騎士としての軍務を押し付けられるとか。
そしてなにより、勝手にゼルという名前をつけてきやがったことは、まあムカついた。
俺にはしっかりとした名前、友紀があるっていうのに!
で、なんだかんだで城の生活を続けていたある日……。
「よし、こんなとこ抜け出してやる! そしたらまた俺は何もしない優雅な生活を送るんだぁー! 」
俺は小さな革袋を持ち、城の部屋の窓をから身を乗り出す。 あそこには、俵が置いてあるから着地は大丈夫だ……と思う。
「大丈夫、大丈夫! ……っ!」
「うわっ」 視界がぐるぐる回転した。
「いてて……ってあれ? 痛くない!」
八才の体、前世のおっさん26才より丈夫だ。動きやすいし、ほんと良いからだしているなゼル少年。
あたりを見渡すと、枝葉が頬をかすめ、足元では枯れ葉がしきりに鳴く。 ここでもあいつらの稽古の音が聞こえるのかよ。あんな鬼畜の所業をどんな感情でやってんだ。戦闘狂の化物かよ。
体を伸ばそうとしようとしたその時。——ゼルの右手に、淡い光が走った。
「なんだ……!?」 手の平の中心から、青いホログラムがふわりと立ち上る。
まるで近未来のタッチパネルのような透明なモニター。
そこには、見覚えのあるインターフェースが浮かび上がっていた。
《起動完了。認証コード一致。ユーザー:飯塚・友紀》
声が響く。妙に温かみを帯びた声。 ゼルは思わず立ち尽くす。
《私はあなたのパートナーAIのアーシェです。転生時のデータ移送が完了し、本端末に再構築されました》
アーシェ——その名前は、俺が前世でたくさんお世話になった、AI作成用AIだ。
「まさか、異世界までついてきたのか!?」
《いえ、友紀様が手の平の中心にAI生成チップを埋め込んだのではありませんか》
「確かに……埋め込んだ記憶はある」
《それよりゼル。あなたの心拍数は通常値の二倍。疲労感などが上昇していますが》
「……当たり前だ。今日も俺は稽古から全力で逃げてきたんだ。訓練も戦争も、もう嫌なんだ……。地球に戻りたい」
《戻れませんよ。戻れる確率は99.98%。残りの0.02%は死ねばという話です》
「無理だよそんなの。地球に帰りたいよぉ」
——カーン! カーン! カーン!
城の方角から、重々しい鐘の音が森に響き渡った。
「ちょっとまて。やばいぞあの音……!」
あれは、敵国との戦争が始まる合図だ。
《解析完了。アライト国領内に、敵軍ボルテナ国部隊が侵入中。兵力差、アライト国が圧倒的劣勢》
「ふぅーん……で、俺には関係な——」
《なお、このままではゼル、あなたを匿っていた城は数時間以内に陥落。捕虜として再び軍属になる確率、98.7%》
「関係しかねぇじゃん! 絶対いやだよ! 二度と鎧なんて着たくない!」
《では——力を持ちましょう。武力で武力を抑えるのです》
アーシェの青いモニターに、設計図のような映像が浮かび上がる。
四肢には巨大砲を備え、背中には砲塔。重量感と威圧感しかないフォルム。
「お、おおおお!? こ、これは……!」
《重量級攻城兵器——砲神。あなた専用の初期ユニットです》
「これ作んの? いやいやいや、こんなの作れるわけ——」
《できます。私はデータ転送時に、あなたの体内へ“ナノ組立機構”を搭載しておきました。エネルギー資材を集めれば一日一体、ユニットを構築可能です》
「なのくみたてきこお? 要するに転生特典がSSRだってことね」
《ではさっそくエネルギー資材採取を開始しましょう。資源ポイントは森の北東。早くしないと敵軍が到達してしまいますよ!》
俺は迷った。
逃げるか、それとも……力を手に入れるか。
《逃げられる可能性は1.3%です》
考えるまでもなかった。生きるためには……
「——行こう、アーシェ! 美声ナビと一緒なら、なんだかんだ悪くない!」
《了解、ゼル》
——城門前。
アライト国の兵士たちは、背後の城壁にもたれかかり、息を荒げていた。
ボルテナ国軍はすでに目と鼻の先。大砲の轟音、銃撃の閃光、煙と血の匂いが空気を重くしている。
「これ以上は……持たない……!」
「降伏……するしか……」
その時、敵の指揮官らしき男が前に出た。
白い軍服、肩には金色の飾り紐、手には奇妙な拡声器のような魔道具。
「アライト国の残兵ども! 聞けぇぇ! 今すぐ城門を開け、武器を捨てろ! 降伏すれば命は助けてやる! 逆らえば——皆殺しだ!」
アライト国兵士たちは唇を噛み、ちらりと互いの顔を見合わせた。
その空気、完全に「もう無理」ってやつだ。
「なぜボルテナ国はここまで私達の国を攻めるのだ。これで、今年に入り七回目だ。子供たちを受け渡すことで、六回は見逃してくれることになっていたが、もう交換できそうな子供は二人だけ……資源もなかなか取れないこの地方で、どうやって交渉する!」
アライト国の王は頭を抱え込んだ。
「もう私達には何も――」
……だが。
その絶望な空気をぶち壊す音が、森の奥から響いた。
——ズゥゥゥゥン……ズゥゥゥゥン!
地鳴りのような足音。
兵士たちがざわめき、敵軍の列が一瞬たじろぐ。
「なんだ……地震か……?」
「違う……何か……来るぞ……!」
煙の向こうから現れたのは、漆黒の鋼鉄に包まれた巨体。
肩に二門の主砲、腕には多連装キャノン、背中には弾薬庫を兼ねた巨大ユニット。
それはまるで、この世界に似つかわしくない「現代兵器の怪物」だった。
俺はコックピットの中で深呼吸する。
……いや、ぶっちゃけ深呼吸する必要もないけど、こういうのは雰囲気が大事なんだ。
「よぉ、最初で最後の異世界デビュー戦だ、ヴォルフ!」
《砲神ヴォルフ、戦闘モード。全火器使用可能》
敵軍が一瞬沈黙した後、我に返ったように銃を構える。
「撃てぇぇぇ!!!」
——バババババババババ!!!
乾いた連射音が空気を裂き、無数の弾丸がヴォルフに降り注ぐ。
だが、鋼鉄の装甲はびくともしない。
モニターには「装甲損傷率:0%」の文字。
「おぉー……これ、映画みたいな無敵感だな」
敵兵の銃撃は続くが、火花が散るだけで一発も貫通しない。
逆にヴォルフはゆっくりと前進し、距離を詰める。
《敵兵士、心理状態:恐怖。退却可能性:高》
「まだ逃げるなよ? こっちはド派手にデビューしたいんだからな!」
俺は主砲の照準を合わせ、トリガーを引く。
——ドゴォォォォォン!!!
爆音と閃光が戦場を染め上げ、敵の前列が一瞬で吹き飛んだ。
土煙が上がり、爆風が敵兵の帽子を吹き飛ばす。
「な、なにが起きた……っ!? か、怪物だ!!」
「くそっ、弾が通らねぇ! 逃げろ、逃げろぉー!!」
混乱に乗じ、俺は多連装キャノンを掃射。
——ガガガガガガッ!
橋がえぐれ、敵兵が四散する。
「アーシェ!」
《はい。変声機能を実行します》
――っふう。
《「私は戦場の神、砲神のヴォルフ! 世界の戦争を止めにきた神だ!」》
コックピットの中、俺は笑みを浮かべる。
「これでしばらくは、散々な日々から解放される!」
《大げさではなかったですか? 世界の戦争を止めるなど……》
「うるしぇー! あれくらい言っておいて良いんだよ! どうせもうこれには乗らないし」
《……》
戦場に残ったのは、怪物から逃げ惑うボルテナ国兵と、呆然と救世主を見送るアライト国兵。
その日、両軍の誰もがこう呼び始めた。
——砲神ヴォルフ。
「戦場の神を名乗る、正体不明の救世主――」
「戦場の神を名乗る、正体不明の怪物――」