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虎――虎。見たことのある、虎。
その虎の周囲には、第二騎士団の制服が落ちていた。しかも、アルディさんが着ていた、副団長仕様のやつ。
まぎれもなく、この虎はアルディさんなんだろう。
予想外の出来事にわたしは固まってしまっていた。
てっきり、獣人の獣化って、ちょっとずつ、時間をかけて変化していくものだとばかり思っていたのだ。
でも、まさか、こんなに、ちょっと目を放した隙に獣化してしまうなんて。骨格とかどうなっているんだろう。こんなに急に変化してしまって、痛くないのか? ルナとさんのときに思った質量の差以上の疑問が出てきてしまった。
「お嬢様!」
獣化してしまい、慌てている様子のアルディさんと、わたしの間に、サギスさんが滑り込んでくる。
その様子にわたしはハッとなる。こんなこと、考えている場合じゃなかった。
「おさがりください」
サギスさんは職務を真っ当しようとしているだけ。だから、何もおかしくないけれど――。
「大丈夫です、獣化しても、言葉は通じますから」
本人も急な獣化にパニックを起こしているのか、逃げ出すのではなく、制服でなんとか自分の姿を隠そうとしているところを見ていると、彼を怖がったり、非難したりなんて、到底できない。
「ですが……お嬢様は一度、怪我をされている」
どこを、と具体的には言わなかったが、サギスさんの視線はわたしの頬に向いていた。まあ、確かにこれはそうなんだけど……。
それを言われてしまうと強く出られない。
「……アルディさん」
わたしはサギスさんを押しのけることなく、彼の背中の影から少しだけ顔を出して、名前を呼んだ。アルディさんが顔を上げ、こちらを見る。――アルディさんが動くたび、悲鳴が上がる。
「言葉、通じてますよね?」
わたしが問うと、彼は何度も首を縦に振った。
「ほら、大丈夫」
そう言うと、サギスさんは、何とも言えない表情をしていた。まだアルディさんが危険であることを疑っているような、平然としているわたしを怖がっているような、そんな顔である。
「アルディさん、一度外に出ましょうか」
いくらアルディさんが何もしない、といったって、ここにいる全員、一人ひとりに説明するわけにもいかないし、今この場で信じて貰えるとも思えない。
「制服、預かりますね」
ひょいと制服を取る。……結構重いな。わたしが貧弱、というのもあるだろうけど、単純に制服が重い。布が厚いのに加えて、式典用なのか、装飾が増えているからだろう。
全部の制服をまとめるのに苦戦していると、おろおろしていたのに、急にハッとしたアルディさんが制服の端を引っ張った。
「今のアルディさんじゃ、引きずっちゃいますよ?」
何故か妙に焦って制服を引っ張るアルディさんと、制服をまとめようとするわたしの元へ、ここの会場を警備していた第二騎士団の人たちがようやく到着した。