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立食形式で昼食を提供される会場では、既に結構人が集まっていた。パッと見た感じでは、女性の割合が多い。
ただ気になるのは、第二騎士団どころか、第一騎士団の制服を着ている人は誰もいない。いや、警備としてはいるけれど、客としているのはおそらくアルディさんだけだろう。
「……ここにいても大丈夫なんですか?」
わたしが問うと、「僕も一応貴族家の者だから大丈夫」と言われた。むしろ、爵位が高い人ほどコース形式の昼食を取っているらしい。……ということは、もしかしてわたしの方が浮いている……?
ちらほらと辺りを見回せば、確かに男爵家や子爵家のご令嬢ばかりだ。居心地が悪い、ということはないけれど、わたしは侯爵令嬢なわけだし、変に威圧感を与えてないといいんだけど。
男爵や子爵家ともなると、ルルメラ様もいないのにわたしと同じ空間で陰口を叩く人はいなくなる。わたしのいないお茶会とかは知らないが。
妙な心地の中、わたしは給仕からドリンクを受け取った。食べ物はビュッフェ形式だが、ドリンクは給仕が持って歩き、配っているらしい。
それにしても、ビュッフェなんて久しぶりだ。
地味姫とからかわれることが多くなってから――つまりは、リアン王子の婚約者になってから、わたしは極端に社交界へ出席することが減った。居心地が悪いから。
でも、当然、王族の婚約者として、そう頻繁に休むことはできない。だから、最低限は出ていたけれど、緊張と居心地の悪さで、物を食べる気になれず、パーティーに出席してもあまり飲食してこなかったのだ。それに、全部が全部、ビュッフェ形式の食事とも限らない。晩餐会とか。
でも、今日は大丈夫そうだし、下手にご飯を食べずにお腹が空いて、午後からの観戦に支障がでても嫌だ。
どんな料理があるかな、と考えながら、わたしはちびちび飲んでいたドリンクを飲み干し、たまたま近くにいた給仕を呼び、空になったグラスを回収してもらう。
料理を取りに行こうかな、と考えていると、バサ、と何かが落ちる音がした。近い。何が落ちたんだろう、と振り返ろうとすると――。
「きゃああ!」
――どこからともなく、悲鳴が聞こえてくる。その叫びに驚いて、わたしはグラスを給仕のトレイに置く手を滑らせてしまった。床は厚手の絨毯を引いているから、音は響かないものの、グラスは割れてしまう。
いや、仮にグラスが割れている音が大きかったとしても、悲鳴を皮きりに大きくなったざわめきが、グラスの落下音をかき消しただろう。そのくらい、辺りは騒がしくなっていた。サギスさんも、急に警戒心を高めている。
一体何事だ。
そのわたしの疑問は、すぐに明らかになった。
――見覚えのある虎が、そこにいたから。