91
何もしていないときほど、時間が過ぎ去るのが遅く感じることはないと思う。本でも持ってくるべきだったかな、と思っていると、「ねえ」と声をかけられる。
わたしが反応するより早く、サギスさんの方が動くのが早かったので、サギスさんの影に隠れて一瞬分からなかったが足元を見ると、第二騎士団の人だということが分かる。
サギスさんの背中から覗くように顔を出せば、そこにはルナトさんがいた。
「……別に何をしようってわけじゃないんだけど」
いかにも不愉快です、と言いたげな表情でルナトさんがサギスさんに文句をつける。
「知り合いなので、大丈夫です」
わたしがそう言うと、サギスさんはあっという間に定位置へと戻った。
「お疲れ様です。何か御用でした?」
わたしがそう言うと、「用がないと話しかけちゃ駄目なわけ?」と返されてしまった。
いくら身長が低い、とはいえ、流石に座っていると彼の頭の位置の方が上にあるし、なかなか目が大きくて目力があるので、睨まれるとちょっと威圧感がある。
「……別に、たいした用事はないよ。ただ、アンタがあんまりにも一人で暇そうにしてたから、声かけただけ」
毛先をいじりながら、そっぽを向いてルナトさんがそんなことを言う。
――正直、とてもありがたい。
会話をする相手がいるだけで、一気に時間の流れが早まるような気がする。
「でも、ルナトさん、お仕事は大丈夫なんですか?」
話し相手になってくれるのはありがたいが、でも、第二騎士団はたしか、今日、城の警備と剣術大会で忙しかったはず。わたしに構っている暇なんてあるんだろうか。
一瞬、ルナトさんの顔がこわばったが、すぐにいつもの調子を取り戻していた。
とはいえ、少しばかり歯切れが悪い。
「ここの警備が今の時間帯の、オレの仕事だから。ちょっとくらい……まあ、バレなければ……。各テーブルに、個人の護衛がいるし。アンタだって連れてるじゃん」
確かに、これだけ貴族が集まり、同時に護衛がいるなかで問題はそうそう起きそうにない。といって、あんまり慢心しているのも駄目だとは思うが。
「……き、今日はガーゼ、してないんだな」
ちらちらとわたしを見ながら視線を泳がせていたルナトさんが、視線はこちらを向かないままに、そんな言葉をかけてきた。
今日はガーゼを外している。色の入った塗り薬を厚めに塗ってきているから目立つこともない。まあ、元より結構近付かないと跡が分からないくらいには回復していたんだけど。
わたしはどこを怪我したか知っているから、後を見つけられるけど、何も知らない人が見ればきっと気が付かないだろう。
流石に、貴族が集まる場所で大げさにガーゼをつけてはいられない。




