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「お、おはようございます」
顔を合わせて会話をするのは初めてなんかじゃないのに、普段の制服ではなく私服を着ているだけで、急に緊張してしまって、声が変に裏返る。自分でもびっくりした。
声が上ずった気恥ずかしさを誤魔化すように、わたしは笑いながら「今日は門番なんですか」と聞いた。
「貴族の対応は平民には荷が重いしね。手早くさばくなら僕らが適任ってことで。それに、入城検査が一番重要だから」
確かに、彼の言う通り、入城検査で不審人物や危険物を弾かないといけないわけだが、平民の騎士団員が検査しても、貴族が権力を使って圧力をかけようものなら、パスされてしまう可能性がある。
もちろん、最上位である王族を守るためにそんな取引を持ちかける時点でその貴族は王城の敷地内に入れないに限るし、その貴族に逆らったところで罰せられるわけではない。とはいえ、そう頭で分かっていても、実際に跳ねのけられる平民がどれだけいるのか、という問題がある。
貴族側の門の警備と入城審査をしているのは、同じく爵位を持っている人たちばかりだった。中にはハウントさんの姿も見える。
「――まあ、あんまり雑談していると怒られちゃうから……あ、そろそろ前の馬車動くかも」
入城審査には時間がかかるので、馬車が多いと列ができてしまう。動きがないタイミングを見計らって、アルディさんは声をかけに来てくれたようだ。
「今日は楽しんでいって」
「はい。アルディさんも、剣術大会、頑張ってください」
わたしがそう返すと、アルディさんは少し驚いたような表情を見せたあと、真剣な表情になった。珍しく、真顔に近い。
「――うん、絶対、勝つよ」
噛みしめるように、強く、アルディさんは言った。去年負けた悔しさを思い出しているのだろうか。
その真剣そうな表情の彼の目線が、ふっと動く。
「残念だけど、本当にもう切り上げないと。馬車が動く」
彼の視線は前の馬車の方に注がれているのだろう。わたしの位置からだと見えにくいけれど。
長々と仕事の邪魔をするわけにはいかない、と、わたしは「警備の仕事もお疲れ様です」と言って、会話を切り上げる。
窓を閉めようかな、と思っていると――。
「あ、そうだ。今日、髪型いつもと違うんだね。それも可愛いよ」
――最後に、そんな爆弾を投下された。
まさかそんな風に言って貰えるとは思えなくて、アルディさんが仕事に戻っていなくなった後も、固まって、すぐに窓を閉めることができないのだった。
あんなことがあっても、アルディさんは普通にしている風だったから、合わせようと思っていたのに……!




