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不思議に思っていたことが一つひとつ分かっていくことに感心していると、お父様が「まあ、私の配慮も必要なく終わりそうだが」と言った。
「当初の予定通り、アルディ・ザルミールに嫁ぐか?」
わたしはその言葉に、返事を詰まらせた。
当の本人より先に、実父へとアルディさんとの関係を進めてしまうのは、非常に複雑だ。今すぐにでも、彼の元へ行きたい。
お父様ではなくて、彼に直接、今の話をしたい。
「新興の貴族家の女主人が働くことは、まあ、あり得ない話ではない。ザルミール家の初代当主とその妻も、結局死ぬまで自らの手で農業を続けたというしな」
わたしがそわそわしだしたのに気が付いたのか、お父様の表情が、少し呆れたようなものになる。
「……少なくとも、旦那のいる第二騎士団に通うのと、未婚の女性が男所帯に通い続けるのとでは、圧倒的に後者の方が聞きは悪い」
それは分かっている。
この話を受ける、と言えばわたしの願いが全て叶うかもしれない。アルディさんのお嫁さんになれて、第二騎士団へとブラッシング係として通うことを続けられて、お父様との交流を絶たれることもない。
それは分かっているのだが――どうにも、即答できない乙女心を、お父様は理解していないようだった。
まあ、お父様とお母様、典型的な政略結婚だものな。
一般的な政略結婚にしては仲がいい方で、男女の恋愛感情はなくとも、家族としての情は強いと思う。
ただ、やっぱり、恋愛婚に関しては鈍いというか。
プロポーズはアルディさんから直接して欲しいし、わたしが一番に答えるのは、お父様ではなくアルディさんがいい。
貴族令嬢が政略結婚するのは当たり前だと思っていたけれど、まさかこんな事態になるとは、全く想像していなかった。アルディさんと結ばれないだとか、諦めなければいけないとか、そういうことは想定していたのに。
わたしの知らぬところで結婚話が進むのは当然だと考えていたのに、わたしとお父様で、わたしの好いた相手との結婚について話をするなんて、流石に想像つかない。
わたしが返答に困っていると、お父様が「……まあ、好きに選ぶと良い。散々、お前を犠牲にしてきた償いに、どの選択を取っても、全力で支援しよう」と言ってくれた。
「ありがとう……ございます」
話が終わって、お父様の執務室から出ても、なんだか体がふわふわしたままで、現実味がなかった。多分、前世の記憶を思い出したときくらいに。
わたしが、一番、望む未来への選択が、手中にある。
どの道を選ぶかなんて――もう、迷うことはなかった。




