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もちろん、わたしだって、いつまでも続けるべきだとは思っていない。この国の貴族の女性は、子供を産むことを主に求められている。働く女性はいても、子供を産むまでか、既に出産を終え、子を望めないような高齢になってから再就職するか、だ。
女性が自立し、働く世界を生きてきた前世の記憶があると、職業選択の自由はなくて、子供を産むことが主な役割なんて、前時代的だと批判されそうだな、と思ってしまうけれど――この国では、この貴族社会では、それが常識なのだ。
どれだけ不自由だろうと、この国で生きるなら、全てを無視することはできない。
それが分かっているから、わたしはきっと駄目だろうって、決めつけていた。
でも、せめて――例えば、わたしのように、猛獣でも、ブラッシングしてくれるような人が見つかれば。『ブラッシング係』という役職に就く人物が、継続的に配属されるような整備が整うまでは、と、考えてしまうのだ。
わたしの言葉に、お父様はしばらく考え込んでいた。一瞬、何か言おうとした気配を感じ――しかし、何も言わない、ということが、何度かあった。言葉を選んでいる、のだろうか。
「……第二騎士団の誰かに、惚れたのか?」
とんでもない返しに、「そ、そういうことではなく」と言った声が裏返って、お父様からしたら、明らかに図星のように聞こえてしまったかもしれない。実際、完全に否定すると嘘になってしまうので。
ただ、動物が好き、というのも本当なのだ。しかも、相手は人間の言葉が確実に通じるのだ。困ることも少ない。……まあ、一部がそうでないことも、一応理解しているつもりではあるが。
「……ハウント・ランドットか?」
「違います、お父様。といいますか、どうしてそういう話に――」
「ではアルディ・ザルミールか?」
「…………」
思わず黙ってしまった。慌てて「ち、違います!」と言ったものの、誰がどう見ても肯定の反応だと、自分でも思う。
お父様が深い溜息を吐く。
びくり、と思わず肩を震わせてしまったが――呆れによるものではないらしい。なんというか……。
前世のドラマで見た、娘の彼氏を見てショックを受けた父親の表情が、そのシーンが、頭をよぎった。
……もしかして、さっきから渋い顔をしていたのは、そういう……?
お父様がそういうタイプの人間だったとは思わず、つい、顔をまじまじと見てしまった。
お父様は、そんなわたしの視線に気が付かないのか、それとも、気が付いた上で無視しているのか分からないが、少なくとも、それへの反応は見せない。
トン、トン、と軽く指を机て叩き、考え込んでいるらしい。
――そして、お父様の指が止まった。
「……お前が、本当はアルディ・ザルミールに惚れていると仮定して話すが。……孤児院に行くか、分家の養子に行くか、この二つ以外にも選択肢がある、と言ったら、お前はそれを聞きたいか?」
「――え」
全く予想していない言葉に、わたしは思わず声を漏らしてしまった。




