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いつまでもアルディさんと共にいることもできず、名残惜しいけれど、わたしは家に帰ってきていた。
今になって、わたしは、自分の未来へと悩み始めていた。ただ、孤児院へ行っても、分家の養子になっても――お父様と離ればなれになってしまうのは、どちらの選択をとっても変わらない。
せっかく、長い間勘違いしていたことが解決して、お父様との仲を深められると思ったのに。
「――……我がままだな、わたし」
アルディさんと出会わなければ、もっと、何も知らないまま、楽に過ごせたと思う。あれも、これも、なんて考えなかった。
もっとも、彼と会わなかったときのことなんて考えたくもないし、後悔はしていない。
全部が全部、丸っと解決する秘策が存在すればいいのに。
そんなことを考えながら、わたしはお父様の執務室の前まで来ていた。
王城解放日の剣術大会の観戦へ行ってもいいか、と聞きに来たのである。
貴族令嬢が剣術大会の観戦に出向くことはそこまで珍しいことでもないし、ハウントさんがチケットをくれるくらいだから、大反対されるようなことではないと思うけれど、少しだけ緊張する。
お父様の執務室に顔を出すと、まだ仕事が残っているのか、お父様の前にある机の上には、書類がいくつか載っていた。それでも、わたしの話を聞く余裕はあるみたいだ。
剣術大会の話をすると、お父様は渋い顔をした。
「――好きにしたらいい」
駄目、とは言わなかったけれど、快諾、という様子ではない。でも、まあ、却下されなかったのでよしとしよう。
……代わりに、王城解放日が終わっても、ブラッシング係を続けたい、という話をしにくくなってしまったけれど。あれも、これも、とは要望が通らなそうな空気だ。
その話、どうやって切り出そうかな、なんて考えていると、お父様が「――そんなに第二騎士団が気に入ったのか」と問うてきた。……表情は、そのままに。
もしかして、剣術大会の観戦に行く、というよりは、第二騎士団との関係が続くことにいい顔をしなかったのだろうか。
……もしかして、わたしがブラッシング係を続けたい、と思っていることを勘づいている? 少しだけ、探りを入れた方がいいだろうか。
駄目なら引き下がる。
でも、聞く前から、空気を読んでおとなしくするのは辞めようって、決めたのだ。
両立できる道を探してみよう、と言ってくれたアルディさんの声が、わたしの背中を押してくれる。
「その……また、行きたいと思う……くらいには」
歯切れの悪いわたしの言い方に、お父様は渋い顔のままだった。
ただ、なんというか、お父様から感じる雰囲気は、そこまで重いものではない。てっきり、「駄目だ」と、即答されるものだとばかり思っていた。
――この反応、もしかして、なんとかなる、の?
わたしに威圧感を見せるわけではなく、どことなく、別の何かを思い出しているような表情をしている。目線が合わない、というか。視線が、目が、目の前のわたしを見ているのではなく、記憶をたどっている人のそれに思えた。
「――お父様、駄目なら駄目と、はっきりおっしゃってください。……わたし、第二騎士団のブラッシング係を、続けたいです」
王城解放日、お父様から今後どうしたいか問われたときに言おうと思っていたのに、わたしの口からはこの言葉が出ていた。
でも、今、聞くタイミングだと思ったのだ。