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その温かさに、何故だか泣きそうになってしまった。堪えていると、アルディさんが、きゅっと、わたしの手を握る力を強めた。その力加減が、心地いい。
「したいことをするのと、すべきことをやるのを両立させることは、悪いことじゃないよ」
わたしに目線を合わせるように、アルディさんは少しかがんでくれる。
「オルテシア嬢は何をして、何をすべきだと思うの?」
優しく問う声音に、わたしは、気にかけてもらわなくても大丈夫、自分で何とかする、なんて言う気にもならなかった。
「わたし――わたし、は、貴族令嬢の役目を、果たすべきだと思っていて、それを放棄したいとも、考えていません」
誰かの元へ嫁ぎ、子を産み、次世代を育てる。それは立派な役目だ。自由に何かをすることも素敵だとは思うけれど、わたしがそれを叶えるためには、途方もないくらいの迷惑を周りにかけてしまう。そこまでして、自由を手に入れたいとは思っていない。
多分、そこまでして好きに生きたとしても、結局は迷惑をかけたことに対しての罪悪感で、その後の人生を楽しめない気がするのだ。
「一方で……皆様をブラッシングして、交流するのが楽しくて。終わってしまうのが、嫌で――」
――何より、貴方と離れるのが、辛い。
最後までは言えなかったけれど、まぎれもない、わたしの想い。
「……そっか。じゃあ、それが両立できる道を探してみよう?」
「両立……」
「確かに、いつまでもオルテシア嬢がここにいるのは難しいかもしれない。っていうか、第二騎士団としても、いち御令嬢の厚意にいつまでも甘えているわけにもいかないしね。でも、お試し期間が過ぎてからも、少しくらいならいいんじゃない? ケルンベルマ卿には相談してみたの?」
その言葉に、わたしは首を横に振る。
お父様は、何も言っていない。お試し期間後については、続けても良い、とは明言していないけれど、逆に駄目だ、とも否定していない。未来を自分で決めろ、とは言っていたけれど。
「駄目なら駄目って、言うだろうし。明言しなかったのなら、まだ希望はあるかもしれないよ」
……お父様に相談する。それは、考えてもみなかったことだった。どうせ駄目だろう、って、わたしは勝手に決めつけてしまっていた。
でも、ついこの間、お父様は、わたしを地味姫と笑う他人とは違うんだって、話をちゃんと聞いてくれたんだって、知ったばかりじゃないか。
少しばかり、希望が見えてきた。第二騎士団に本格的に勤めたい、と言うのは反対されると思うが、もう少しだけ、というのであれば、多少は融通してくれるかもしれない。
「それに、別に今生の別れじゃないしね。騎士団の中には爵位持ちもいるから、他の場所で会えるかもしれないし。――あ、そうだ、もしかしたら新しい婚約者も騎士団の中で決まるかも……」
「――ッ」
わたしは、思わず、彼の手を握りしめていた。
聞きたくない。
他でもない、彼の口から、わたしとまだ知らぬ誰かが結ばれることを喜ぶ言葉なんて。




