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「――アルディさんの好きな食べ物ってなんですか?」
好きな人の話はできなくても、好きな食べ物の話なら別に変ではないだろう。わたしは再び彼の髪をとかすために手を動かしながら問うた。
「んー……好きな食べ物かあ」
少し考え込むような声が聞こえてくる。
「サラダかな」
意外な返答にわたしは「えっ」と声をもらしそうになってしまった。虎の獣人なら肉、と答えるかと思っていた。すごい偏見だけど。
「僕は虎の獣人だから、昔から怖がられることが多かったんだけど、菜食主義の虎なら獣化しても怖がられないかなって、野菜を意図的に食べるようにしてたんだよね」
「まあ、完全な菜食は無理だったけど」とアルディさんは笑う。
怖がられないように、と笑い方まで気にしていたのに、そんなところでも努力していたなんて。
「でも、そのうち、どのドレッシングがどの野菜に合うか、って試し始めたら楽しくなっちゃって。サラダ、って一言に言っても、結構種類あるし」
確かに、意識したことはないけど、家での食事で出てくるサラダは、あまり味が被らないようになっている。同じものが続くことなんてない。
そう考えると、サラダって結構奥が深い料理なのか……と考えさせられる。
「オルテシア嬢は? 何か好きな食べ物はある?」
好きな食べ物――これと言って思い浮かばない。王族の婚約者、ということで、食べられないものがないように教育されてきたから、好きなものも、嫌いなものも平等にないような気がする。
どれだけ癖の強い料理でも、笑顔で美味しそうに食べられる教育を施されているので、大抵の物は抵抗なく食べられる気がする。王族に嫁げば、異国の料理を食べる機会も増えるだろうし、とそういう風に育てられたのだ。
「強いて言えば……くるみパンでしょうか」
食べ物の好き嫌いはよく分からないけど、くるみパンだったら毎日食べても飽きないように思う。自分から積極的に、食べたい、と主張するほどでもないけど、ずっと食べても飽きない、というのは、それはそれで好きな食べ物、と言ってもいいだろう。
「くるみパンかあ。じゃあ、用意しておくね」
……用意? なんで?
わたしが不思議に思っていると、アルディさんが「送迎会、って言ったら変だけど、お疲れ様会やろうって話になっているんだ」と教えてくれた。
「オルテシア嬢のお試し期間が終わるから、このまま続けてくれるにしろ、辞めてしまうにしろ、この一か月半お世話になったのは事実だからね。皆でやろうって話になったんだ。来てくれると嬉しいな」
「――!」
お疲れ様会。まさかわたしのためにそんなことをしてくれるなんて。
「最終日に少し早めに訓練を切り上げて、夕方くらいにやろうって話になっているんだ。暗くなる前には終わらせるから。……大丈夫そう?」
わたしは嬉しくなって、「勿論です」と即答していた。