07
婚約破棄をされたのだから、もうそうそう王城に行くことはないだろう、なんて思っていたのが数日前。わたしはさっそくその考えを打ち砕かれるかのように、王城へと来ていた。
正確には、敷地内にある、第二騎士団団長の執務室に、だが。
王城は非常に広いとはいえ、あの虎が現れないとも限らない。あの虎は敷地内を自由に闊歩できるようだったし。じゃなきゃ、客人を案内するような庭のガゼボに姿を表すことはないだろう。
第二騎士団団長の執務室に入ると、わたしは思わず声を上げそうになってしまった。
先日、お父様と宰相、あの二人と一緒にいた獣人の男性がいたからだ。この人、団長だったんだ……。
わたしは思わず、視線でだけだけど、室内を探してしまった。もし、あの虎の飼い主がこの人なら、この場にいるんじゃないか、と思ってしまったから。
しかし、綺麗に使われている執務室に、団長以外の姿はない。
「わざわざ御足労いただき、ありがとうございます。自分は、第二騎士団の団長を勤めさせていただいているハウント・ランドット、と申します」
「初めまして、オルテシア・ケルンベルマと申します」
挨拶を返しながら、わたしはランドット氏は人間だったよな……? とお父様の友人の顔を思い出していた。まぎれもない、人間のはず。ランドット家も、特に獣人の一族ではなかったように思うけど……。
わたしの知らない養子、だろうか。まあ、貴族界で養子の一人や二人、珍しくもない。
お父様はランドットの人間と仲がいいけれど、わたし自身はそうでもない。そんな相手の家庭事情を探ろうなんて、褒められたことではないだろう。
「どうぞ、おかけになってください」
わたしは言われた通り、応対用のものと思われるソファへと腰を下ろす。
雑談のようなものを軽くしてから、わたしは本題を切り出す。
「それで、その……わたしに第二騎士団で働かないか、という誘いが来ている、と聞いたのですが……」
「ええ。と言っても、何も剣を持って戦え、という話ではありません。ただ――侯爵家のお嬢様に頼むのは、非常にこちらも心苦しく……嫌だと思うのなら、断っていただいても一向に構わない、ということを念頭に置いて聞いてほしいのです」
……なんだかやけに前置きをするな。そんなに酷い仕事内容なのか? 娼婦の真似事をさせるつもりならお父様が断っているだろうし、流石にそんなことをおおっぴらに頼んでくるわけじゃないだろう。
「実は――オルテシア嬢には、我々のブラッシングをしてほしいのです」
「……?」
ほんの少しの言葉なのに、妙に情報量の多い言葉に、わたしの思考は一瞬停止する。
ブラッシング……? というか我々って、何……?