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そのことにはずっと気が付かないでいたけれど、それがいいわけがない。
わたしが何も言い返せないでいると、アルディさんは困ったように笑った。
「――まあ、そんな風に格好つけたところで、本当はルルメラ第一王女に何もされないことを知っているから、っていうのもあるけど。もちろん、さっき言ったことは嘘じゃないよ?」
「え――」
どうせ何もできないだろう、という楽観視ではなく、確信を持って言っているような様子の言葉に、わたしはまたしても言葉を失った。
「あのお方は、何も知らないからね」
何も知らない? どういうことなんだろう。
――……確かに、ルルメラ様には、ささやかれている噂がある。
王族であることを笠に着て、彼女自身が一度格下だと思った相手は自由にいじっていい、と思い込む性故に、王位継承権第三位でありながら、ほぼ確実に王位を継ぐことはない、とか。
政治は基本的に蚊帳の外で、本当に重要なことは何も知らされない、とか。
ルルメラ様の前では、絶対にそんなこと言えないから、たぶん、本人もそんな噂が立っていることは知らないだろうけど、でも、こういった類の噂がいくつも社交界にはある。
同時に、もはやそれは共通認識でもあった。
でも、絶対そうだと、言い切る人はいなかった。相手が王族だから、というのもあるかもしれないが、決定的な場面に出くわした人は誰もいないからだ。
それなのに――アルディさんは言い切った。
もしかして、わたしや、その他貴族が知らないようなことも知っている……とか?
でも、アルディさんは子爵家の人のはず。子爵家の人がそこまで知っているものなのだろうか。建国当初からあるような古い家ならまだしも。
「――そろそろ行こうか。皆、待っているよ」
そう言って、アルディさんは歩き出す。
彼の様子に、悪意は一切感じられない。だから、別にわたしをどうこうしようとか、ルルメラ様を貶めようとか、そういう考えはないのだと思う。というか、そんなことをしたところで彼にはメリットがないだろう。
こういうことは、知らない方がいいこと、と、大体は相場が決まっているけれど……。
何も知らない、と言われたルルメラ様が、第二王子の新しい婚約者の話を意気揚々とわたしにしてきたことを考えると、今回の婚約破棄、何か大きな秘密があるのかも、と変に勘ぐってしまう。
わたしをいじるネタを提供して、ルルメラ様の目を、本題から逸らそうとした、とか……。
考えすぎ、なのかなあ。
怪しいけれど、決定的な証拠がないので、わたしの妄想だ、と言われてしまえばそれまでなのである。
気になるけれど、ここで話を切り上げたということは、アルディさんもこれ以上は話してくれるつもりがない、ということだろう。
……でも、お父様は全部が終わったら婚約破棄の理由を話してくれるというし。
わたしは今、詳細を知ることを諦めて、アルディさんの後を追った。