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庇ってくれたのは嬉しかった。本当に、泣きそうなほどに。勇気だって、出た。
――でも、それとこれとは、話が別だ。
「どうして、ルルメラ様に反抗するようなことを言ったんですか。あの方は王族です。貴方をいますぐどうこうすることはできなくても、好きなようにすることくらいできてしまう人なんですよ」
ローザス王子がルルメラ様を連れ帰ってくれなかったら。想像するだけでぞっとする。
いくらルルメラ様だって、アルディさんが気に入らないからと命をどうこうすることはできない。
でも、第二騎士団の副団長、という肩書を剥奪するように国王へ言うことも、子爵家の立場を追いやって欲しいとねだることも、簡単にできてしまう。
国王がそれを良しとするかは分からない。でも、アルディさんを自由にできる人へ、気軽に話しかけることが可能なお人なのだ、あの人は。
「言ったでしょ。僕は第二騎士団の副団長。もしかしたらクビになっちゃうかも知れないけど、それでも、今は副団長だ。団員を侮辱されて黙っているわけにはいかない」
……彼が副団長で、わたしが団員だから。さっきは庇われて嬉しかったのに、今はどうしてか、ほんの少しだけ、喜べなかった。
――いやいや、喜んでいる場合じゃないんだって。
「わたしが地味姫なんて、言われ慣れているんです。いつものことなんですから、ルルメラ様に同調していたほうが――」
「――慣れないで」
アルディさんが、わたしに向き直る。
「地味姫、なんて酷いあだ名に慣れないで。そんなの、絶対におかしいんだから」
「――!」
わたしが、地味姫だと言われ、そういうものだと納得してしまったのは、いつからだろう。
社交界デビューするときは、貴族令嬢はここぞとばかりに可愛らしいドレスを着る。リボンやフリルがたくさんついて、布をたっぷり使って。
でも、わたしは、それがいいとは思えなかった。
可愛いともてはやされるリボンも、素敵と言われるフリルも、無駄にしか思えない。――お母様が着るような、シンプルなドレスの方が、ずっと美しいと、思っていたのだ。無駄がなくて、上品で。
自分の稼ぎでもないのに散財することに対して、疑問と罪悪感を持っていたわたしからしたら、お母様はわたしの求める理想のような姿だったのだ。
今になれば、お母様が着ているようなドレスは、別に無駄遣いをしなかった結果ではなく、既婚者だから未婚の者より派手に着飾る必要がないからそういうデザインなのだと分かっているけれど。
貴族の派手な生活に抵抗があったわたしにとって、シンプルなドレスを格好よく着こなすお母様は憧れだった。
でも――でも。
『お前、地味な女だな。そうだ――今日からお前は地味姫だ!』
子供だった頃の、リアン王子の言葉。
わたしが地味だったら。わたしが地味姫で居続ければ。
わたしが馬鹿にされているのだから、あの憧れたお母様のドレス姿がけなされているわけじゃないと思うことが、できたのだ。
笑われているのはわたしで――わたしの憧れじゃない。
悔しくない、悲しくない。時折、その思いを押し殺せなくなったこともあったけど――でも、憧れた姿を笑われるよりはずっと良かった。わたしは不器用だったから、地味姫と呼ばれないまま、憧れを守る方法を思いつくことができなかった。
だから、『地味姫』と呼ばれ続けていたのに。
それなのに、そんなこと、言われたら……。