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先ほどまで意地悪く笑っていたルルメラ様の表情が、無表情になる。恐ろしく冷たく感じるその顔を見たのは、ほんの一瞬のこと。すぐに、明るい笑顔に戻った。
人を貶めているのに、どうして、そうも輝くような笑顔になれるのか、理解に苦しむ。
「――……私、耳が遠くなったみたいなの。今、なんて言ったのかしら。オルテシアは、地味で、可愛くなくて、何のとりえもないこの女の顔に、傷ができて目立つようになって喜ばしい、そう言ったのよね?」
「いいえ」
一度だけなら見逃してやると、暗にそう言っていたルルメラ様。地味で、可愛くなくて、と、わたしの悪口をとにかく強調して言うも、アルディさんは食い気味にルルメラ様の言葉を否定する。
「――……獣人ごときが」
小さく呟かれたその言葉は、静まり返った食堂の中では、獣人のように聴力が優れているわけではないわたしの耳にも届いた。
「貴方、名前は?」
ルルメラ様はもう笑っていない。『王族の我がまま』でアルディさんをどうにかしてしまうつもりなのかも。
――そんなこと、させられない。
「アルディ・ザルミールと申します」
なんとかこの場をやり過ごさなければ、と思ったのに、わたしが何か言うよりも先にアルディさんが名乗ってしまった。
「ザルミール? ああ、何代か前に農民が受勲した子爵家ね? その程度の身分で私に意見するなんて、随分偉くなったじゃない」
「仕える王族の方に嘘をつくほうが不敬かと思いまして」
ルルメラ様が何か言うたびに、アルディさんがわたしを庇うような発言をする。それが面白くないのか、ルルメラ様の表情は、どんどん険しいものになっていった。
早くやめさせなければいけない。第二騎士団の副団長という立場があったって、王族に意見することは許されない。国の未来を左右するようなことならまだしも、今はただ、ルルメラ様に歯向かっているようにしか見えない。
分かっている。彼女をなだめてこの場をどうにかする文言も、今、考えている。
こんなこと、考えるべきじゃないとわかっているのに――今、どうしようもなく、わたしの心は喜びに満ちていた。
今まで、パーティーに出たときや王城でルルメラ様に出会ったとき、こんな風に庇ってくれる人なんていなかった。
皆、ルルメラ様の言葉に同意して、わたしのことを『地味姫』と笑っていた。
「――ルルメラ様」
その事実が、わたしの背中を押してくれる。
「ルルメラ様、ここは騎士団の人間の為の場所です。御用がないのであれば、お引き取りを」
ルルメラ様に初めてたてついた。
いつも彼女の機嫌を損ねないように、当たり障りない返答をしていて、時には馬鹿にされたって笑っていたのに――反抗の言葉は、自分でも驚くほどすんなりと口から飛び出た。