06
部屋に入ると、お父様はじっとわたしを見つめてくる。何か振りにくい話をするつもりなのか、それとも、単純に先日の、虎と戯れた一件で引いているのか。、まあ、少なくとも、この間の出来事で特に目立つことのない地味な娘、という考えは吹っ飛んだのかもしれない。虎とのんきに戯れる女は、全然地味じゃない。
「――よく、眠れたようだな」
健康観察の方だったか。確かに、前世の記憶の整理、という大仕事があったからか、前世のことを思い出してからというもの、夜はいつも以上にぐっすりと眠っている気がする。……婚約破棄をされたばかりなのだから、眠れずにいたほうがよかっただろうか。
でも、別に前世のわたしはリアン第二王子に面識はないし、気にしようがない。同時に、オルテシアとしてのわたしもリアン第二王子のこと、苦手だったし。どうにも派手で地位のある彼と一緒にされると、余計にひそひそされるから、とあまり近寄りたくはなかった。
だから多分、前世を思い出さなくたって、そこまで気落ちしなかったと思う。
「……まあいい。今後のお前のことについてだが――第二騎士団から誘いが来ている」
「……えっ?」
わたしは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「王族に婚約破棄されたのだ。本来なら、うちの領地の孤児院の院長になるか、分家の養子となり、どこかへ嫁ぐことになるか、どちらかしかなかったのだが……」
まあ、確かに、王族に縁を切られたような問題児を嫁に欲しがるような家はなかなかないだろう。いくらわたしの家が侯爵家だとしても、だ。
それにわたし、『地味姫』だし。
「誘い、というのはなんでしょうか」
「働かないか、というものだ」
……働く? わたしが? 第二騎士団で?
――……なんで?
「お父様、わたしは女な上に、剣術や体術の心得はありませんし、なにより――人間ですよ?」
「――……第二騎士団にも多少なりとも人間はいる」
多少なりと、って言ったって、何人いることやら。
この国に、騎士団は五つある。数字が増えるほど人数が増えていくのだが、第二騎士団は、王城の警備を担当している騎士団で――ほとんどが、身体能力に優れた獣人が所属している、と記憶している。
そんなところから働かないかという誘いが来ているなんて、何かの間違いじゃないだろうか。
「一応、要請はランドット侯爵家の次男からだ。少し手間はあるが、断れない話じゃない。ただ、よければ話を聞くだけ聞いてやってくれないか」
ランドット家。お父様の友人の家か。確かに、そこが相手では、何も話を聞かずに断りを入れるのも心苦しいだろう。とはいえ、騎士団で令嬢が働くなんて、前例がない。しかも、侯爵家。女性騎士の前例はちらほらと話を聞くから、規則上は不可能じゃないんだろうけど。……でも、それって、王女のための護衛で、第一騎士団にいるんじゃなかったっけ?
「……分かりました」
わたしはお父様の言葉を聞き入れ、わたしは第二騎士団の見学へと行くことになった。