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いろいろと言いたい言葉が、浮かんでは、これは言ってはいけないと、思いとどまり、何を言ったらいいのか分からなくなってしまった。
こんなにも言われるようなことをしたのか、とか。
ルルメラ様はわたしだけでなく、フィオナ様を初めとしたおとなしい令嬢に厳しいけどどうしてなのか、とか。
第一王女としてそういう態度なのはどうなのか、とか。
――いくらなんでも、それは言っちゃ駄目でしょう、とか。
でも、それらは全て、王族ではないわたしが言えることではない。フィオナ様のように、善悪の価値観が一般的であれば、多少いさめるようなことを言っても罰せられることはないが、ルルメラ様のように世界の中心が自分だと思っているようなタイプの王族には口を出すだけこちらに害が飛ぶ。
わたしは何も言えなくなってしまった。そんなわたしが面白おかしいのか、ルルメラ様の笑みが深くなる。扇子で顔を隠そうとしているが、わざとなのか、実に楽しそうな表情は全く遮られていない。
気まずい沈黙に、ざっと血の気が引いてしまうような感覚だった。
――そんなわたしの半歩前に、アルディさんが出る。わたしを庇うようにして。
「ルルメラ第一王女、わたくしに発言権を」
アルディさんの声が、しんと静まり返った食堂によく響く。
「いいわよ。貴方もオルテシアの顔が目立つようになっていいと思わない?」
ルルメラ様の言葉に、わたしは思わず目をつぶってしまった。
――聞きたくない。
アルディさんは、こんなことに同調するような人じゃない。そう、分かっていても、王族に意見できる人なんて、そうそういない。
嘘でも、アルディさんの口からルルメラ様の言葉に同意するようなことを、聞きたくない。
今、このときだけでも耳が聞こえなくなればいいのに。
そんな馬鹿なことを考えていたわたしの耳に届いたのは――。
「いいえ、オルテシア嬢は、地味ではなく可愛らしいご令嬢だと思いますし、顔に傷ができて良かったなどという意見には同意できかねます」
――そんな言葉だった。
わたしは思わず、目を開いて、アルディさんの方を見てしまう。
真剣な表情で、まっすぐにルルメラ様を見ている。
「一時的な所属とはいえ、オルテシア嬢は第二騎士団の所属です。団員を貶めるような発言は、副団長として見過ごすわけにはまいりません」
わたしを庇ってくれるような発言に、胸が、ぎゅっと締め付けられるような感覚だった。
――でも、でも。ルルメラ様に、そんなことを言ったら……。
パチリ、とルルメラ様が、持っていた扇子を閉じる音が、妙に大きくわたしの耳に届いた気がした。