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それから、時折、ぽつりぽつりと、雑談が続いた。周囲を気にしているのか、ずっと会話をしていたわけじゃないけど、じっと見られているならこっちの方が多少は落ち着く。
残り二人、と言ったところで、正午の鐘が鳴った。
「残り二人だったら、やっていっちゃう? そうしたらオルテシア嬢、そのまま帰れるでしょ」
手を止め、ブラシを片付けようとしていたわたしに、アルディさんがそんな提案を持ちかけてくる。
二人。確かにそのくらいだったら、やっていってしまって帰るほうがわたしは楽だけど、でも、それだとアルディさんの昼休憩がなくなってしまう。
わたしはブラッシングが終われば仕事も終わりだからそのまま帰らせてもらっているけれど、アルディさんはそうもいかない。むしろ、わたしに付き合わせている分、わたしが帰ってからが仕事の本番だろう。
それなのに、お昼ご飯抜き、というのは辛いはず。
「いえ、大丈夫です。食堂に行きましょう」
「でも……」
少し困ったようにアルディさんがこちらを見てくる。……もしかして、前回のことがトラウマになった、とか、思われているのかな。
一応、獣化棟の扉を開閉するのはわたしではなくアルディさん、一度獣化棟を離れた場合は先に中の様子をチェックする、という話になっているから、前回のようなことにはならないと思うけど……。ましてや、今日は前回のように暴れている獣人はいなくて、皆、おとなしくてブラッシングに協力的である。
気楽に考えていて前回のようなことが怒ったから、楽観視をしているわけじゃないけど……。
「アルディさんのお昼がなくなったら大変ですよね」
そう言ってみたものの、微妙に納得いっていない表情をされた。この言い方では駄目だったか。
「――……カインくんの傷も気になりますし」
たぶん、後一週間のうち、カインくんに会えるタイミングは食堂だけになると思う。訓練所か一般執務室に行けば会えるかもしれないけど、手にあれだけの怪我を負っていた彼が訓練をしているとは限らないし、仕事の邪魔をするのは本位ではない。
食堂で顔を合わせるのが一番いいと思う。
「駄目ですか?」
これでも駄目だと言われるなら諦めよう、と思いながらわたしが聞くと、アルディさんが「オルテシア嬢が嫌じゃないなら……」と折れてくれた。
わたしは軽く服をはたいて毛を落とし、使い終わったブラシを元に戻す。わたしがブラシを片付けている間に、アルディさんが檻の鍵を確認していた。
問題なくチェックが終わると、わたしたちは食堂へと向かうのだった。