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 それこそ最初――虎のアルディさんをブラッシングしたときは、前世の記憶を思い出したばかりで、妙に現実感がなくて、まあ夢だし大丈夫でしょ、なんて気楽に考えていたから、怖くなかった。

 でも、今は前世の記憶が、というよりは、第二騎士団の皆を信頼しているから怖くないのだ。


 自らブラッシングを望んでいるから暴れない――というのはもちろんそうだけど、わたしが怪我をしないように爪を出さなかったり、気を使ったりしてくれていた。

 そんな人たちを怖い、なんて思うわけがない。


「全然、怖くないです」


 ただ、その、『信頼している』ということを口に出すと、今はなんだか嫌味っぽくなってしまうので、わたしはただ、そう答えた。


「――オルテシア嬢は不思議な人だね」


 ……褒められているんだろうか、それ。


「皆、何もしなくても、猛獣と同じ姿をしているってだけで、怖いって、僕を――僕らを、避けていたのに」


「――……」


 獣化は、ただ姿が変わるだけ。中身は変わらない。

 それなら、周りから、何もしていないのに、見た目だけで判断され、怖がられ避けられるのは、悲しいことだっただろう。

 わたしだって、見た目で判断されてきた人間だから、少しだけ気持ちは分かる。……まあ、わたしは、何もしないで着飾らないからこそ、馬鹿にされていたわけなんだけど。


「――……格好いいではないですか、虎」


 髪留めを貰ったとき、可愛いと言ってもらえて、すごく嬉しかったから。同じように褒めようと思って、口にしたら、アルディさんは、きょとんとした後、思わず、と言った風に破顔した。「なあに、それ」なんて、言いながら。


 ――あ。やっと笑った。


 わたしが怪我をしたときから、ずっと難しい顔をしていたアルディさん。わたしが怪我をした原因が自分にもあると、自らを責めていたのかもしれない。

 じっと彼の笑顔を見ていると、アルディさんはなぜか慌てたように口元を隠した。


「……ごめん」


「なぜ謝る必要が……?」


 全然、謝罪の意味が理解できなくて、わたしは思わず食い気味に聞いてしまった。

 少し迷っている素振りを見せていたアルディさんだったが、わたしが本気で理解できていないのが伝わったのだろう。


「…………き、牙が見えちゃうから」


 気まずそうに目線を逸らしながらアルディさんが言って、ようやくわたしも気が付いた。そういえば、いつも穏やかな表情をしているけど、大口を開けて、とか、歯を見せて、とか、そういう笑い方をしているところを見たことがない。


「獣化してなくても、牙ってあるものなんですね?」


「人によるかなあ。人の姿でも牙があるのは僕だけじゃないけど……怖がらせるでしょ」


 今までずっと気にして、見せないようにしてきていたのだろう。……笑ってくれたことが嬉しくて、わたしは牙を見逃してしまったわけだけど。


「怖くない、って言ったばかりではないですか」


 わたしは気にしない、という意味を込めて、そう伝える。わたしも、大口を開けて笑うのは下品でみっともない、という教育を受けて育っている。好きに笑っていた前世を思い出すと、そうやって生きるのが、いかに大変か、気が付いてしまったのだ。


「え……、あ……」


 深い意味はなかったのだが、アルディさんは顔を真っ赤にしてしまった。なんだかすごく……恥ずかしい。妙に甘い空気が漂っている。


 そんなことを考えていると、「めぇ」と、抗議するような鳴き声が聞こえてきた。完全に手が止まっていたので、話をしていないでさっさと続きをしろ、ということだろう。

 確かに、久々に来ることができたのに、雑談ばかりしていたらブラッシングが終わらない。いつぞやの、夜までかかった日ほどの人数はいないが、今日もそこそこ獣化している人がいるから、あんまりだらだらやっていると夕方までに終わらないかもしれない。


「わ、すみません」


 わたしは軽く謝って、ブラッシングの続きをするのだった。

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