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――すごい、ふわっふわだ……。
毛布のような、ぬいぐるみのような、いつまでも触っていたくなる毛に、わたしはつい、テンションが上がってしまう。
獣化棟について、今日、最初にブラッシングをすることになったのは羊だった。
獣人だからか、実際の羊のように、脂でべたついていることがない。まさに、見た目のイメージ通りにもふもふとしている。
真面目にブラッシングをするつもりではあるが、こうしてふわふわの毛を触れるのは、役得だよなあ、と思う。前世とは違い、今の家いは動物が一匹もいない。
「――ツノ、気をつけてね」
背後からアルディさんに話しかけられて、わたしはぎくり、と一瞬固まってしまった。毛に癒されていたのがバレたかな、なんて、ちょっと思ってしまう。ちらっと顔を見れば、別に怒っているわけじゃなさそうだ。セーフ。多分。
カインくんは一緒にいるとき、大抵掃除をしていたから、対して気にならなかったけど、アルディさんはじっとこっちを見ている。何かあったらすぐに対応できるように、ということなんだろう、時折ぴょこぴょこと耳が動いているし。ほんの少し、壁に寄りかかるような体勢だけれど、周囲への警戒を怠っていないのが分かる。
でも、やっぱり、じっと見られていると緊張するというか、圧があるというか……。
わたしのブラッシングは褒めてもらうことが多いけど、それだって結局は下手の横好き、というか、前世で飼っていたペットたちのブラッシングでやっていた経験があるだけで、トリマーの学校とか、そういう場所で学んだわけじゃない。
だから、正しい自信がないので、なにか間違えていないかな……とドキドキしてしまうのだ。
特に何も言わないなら大丈夫だよね、と思ってブラッシングを進めていると「オルテシア嬢」と話しかけられる。まずい、なにか手順が違ったかな。
びっくりして後ろを振返ると、結構近くにアルディさんが立っていた。全然気が付かなかった……いつ移動したんだろう。
「――怖くないの?」
「……え?」
間違いを指摘されたわけじゃなく、ただ、そんな疑問を投げかけられた。思ってもみない言葉に、わたしは完全に手を止めてしまう。
「あんな目にあって。僕らが――獣人が、怖くないの?」
確かに、よくよく考えたら、あんな風に思い切り噛みつかれるシーンを見て、わたしが勝手に転んだわけだけど、同時に怪我もしたのは事実。
普通の令嬢だったら、獣人が、獣化した彼らが怖い、と思ってしまうのも無理はないだろう。
――でも、わたしは、獣人が怖くないか、なんて、考えたこともなかった。