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家に帰ると、案の定、と言うべきか、さっそくお父様のところへ向かうことになった。というより、すでにわたしが顔を怪我した、という連絡が行っていたからか、家についてすぐ、お父様の部屋へ直行させられた。
「――失礼します」
お父様の執務室へと入る。お父様がわたしの顔を見て、ゆっくりと、こめかみを押さえた。
「痛くはないのか」
開口一番、お父様が言ったのはその言葉だった。未婚の令嬢が顔にこれだけの怪我を負ったのだ。一にも二にも、とりあえず説教から入るものだとばかり思っていたから、少しだけ、意外だった。
「手当をしたときに少しだけしみて痛かったですが、今は特に。平気です」
わたしがそう言うと、お父様はあからさまに安堵した、と言わんばかりの表情を見せる。しかし、それはすぐに険しいものへと変わる。
「……確かに、第二騎士団から誘いがきている、という話をお前に話したのは私だ。だからといって、顔に怪我を作って来いと言った覚えはない」
「――はい」
これに関しては、弁明のしようもない。お父様とて、第二騎士団という場所に出入りするのだから、一切傷を負わない、ということは想定していなかったと思うが、でも、流石にこんな怪我をして帰ってくるとは思わなかっただろう。ましてや顔に。
わたしだって、同じだ。こんな怪我をするなんて、思ってもみなかった。
「……お父様」
言うなら、今しかない。
わたしは息を思い切り吸い込んで、吐いて。一度だけ、深呼吸をする。
「わたし、孤児院に行こうと思います」
「――!」
こめかみを押さえ、少しうつむきがちだったお父様が、パッと顔を上げる。
「ただの擦過傷ですから、目立つ跡にはならないと思います。でも、たとえ傷跡が残ったとしても、孤児院なら大丈夫でしょう?」
反対に、わたしは、目線をどんどんと落としてしまう。本当なら、孤児院に行きたいわけじゃないから。わたしは、こんな傷なんか気にしていなくて。どうせ治るって笑い飛ばしてお終いにしたい。
でも、わたしの立場では、それは難しい。
――せめて、アルディさんがくれた髪留めに報いるために、最後まで、やり遂げたかった。
それができないことが分かっているから、せめて、アルディさんやハウントさん、カインくんの責任が軽くなるようにしか行動するしかない。
「お父様、領地の子供は将来の宝です。その子らを育てられるのは素晴らしいことですから――元より、行きたいと思っていたのです」
なんて白々しい嘘。
地味姫と笑われて辛くない、悔しくないと、自分に言い聞かせてきた以上に、薄っぺらい嘘。
「――お前は、本当にそれでいいのか」
だからこそ、お父様にも、一瞬で見抜かれてしまう。




