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――あれ。
昼食後、獣化棟に戻ってきて、なんとなく、違和感を覚える。扉がきっちりしまっていない。最後、ちゃんと閉めたと思ったけど、ちゃんと閉まってなかったのかな。扉が閉まったような音を聞いた記憶はあるけれど、しっかり見届けたわけじゃないから自信がない。
ちゃんと閉めたつもりだったのに、と思いながら扉を開けようとして――。
「オルテシアさんっ!」
ぐん、とカインくんに引っ張られる。反動で、そのままカインくんがわたしの目の前に飛び出た。バランスを崩したわたしは、そのまま地面へ転ぶ。
手と顔を擦ったけれど、そんなことより混乱の方が大きくて、顔を上げる。
顔を上げて、目に飛び込んできた光景に思わず息を飲んでしまった。
カインくんの手に、犬が噛みついている。よほど強く噛んでいるのか、犬の体がプラン、と揺れているほどだ。体が浮き、噛みついた顎だけでカインくんに食らいついている。
見たことのない、小柄な犬。でも、首輪がついている。ということは、第二騎士団所属に違いない。この犬が、件の犬、なのだろうか。
どうやって檻の中から出たのだろうか。
獣化棟の扉をしっかり閉めた自信はないけど、犬が入っているはずの檻には近付いていないし、鍵や扉が開いた音は聞いていない。誰かが檻の出入口をがちゃがちゃやっていたら絶対に気が付く。仮にわたしが聞き逃していたとしても、わたしにブラッシングされていた獣人たちが気が付くはず。廊下にカインくんという、見張りもいたわけだし。
ということは……わたしたちが食堂へ行っている間に……?
いや、今はそんなことより、カインくんの手が――!
でも、どうしたらいいのか分からない。手当をしないと、その前に犬を捕獲して、カインくんから離さないと。でも、それがわたしにできるの?
半ばパニックになってしまうわたしとは対照的に、カインくんは冷静だった。
「オル、テシアさん。扉、開けて、貰っても?」
カインくんが犬の首輪を、噛まれていないほうの手で掴んでいる。
わたしは急いで獣化棟の扉を開ける。檻にいる獣化した獣人が、わたしたちに気が付いて、声を上げた。
「自分は、大丈夫なんで。オルテシアさんはここで一旦、待ってて欲しいっす。自分が中に入ったら、扉、ちゃんと閉めて」
手を強く噛まれて痛いはずなのに、そんな様子を微塵も見せないで、カインくんがわたしに言う。彼の手は、分かりやすく変色していた。指、取れてない、よね? 大丈夫だよね……?
少しして、「もう大丈夫っすよ」とカインくんの声が扉を開けた。どうやら無事に、犬が檻の中に戻ったらしい。遠くで、ガシャガシャと、鉄格子にぶつかっている音が響いた。
元に戻ったのなら、早くカインくんの手当をしないと……!