45
獣化してしまう期間は数日程度なので、一昨日はあんなにも大変だったのに、今日はそこまで人数はいなかった。タイミングが悪いと、一気に増えて一気に戻るようだ。忙しい日と忙しくない日がハッキリ別れそうである。
正午の鐘が鳴る頃には、ほとんど終わっていて、昼ご飯を食べて、作業に少し戻れば今日のブラッシングは終わりになるだろう。
なにごとも起きないで終わりそうで一安心である。
「オルテシアさん、食堂に行きましょうか」
カインくんが声をかけてくれる。丁度キリのいいところで終わったので、わたしは了承の返事を返した。
獣化棟を出ると、カインくんが分かりやすく、深い息を吐いた。
「あー、何事もなく終わって助かったっす」
廊下でずっと見張っていたのだから、気が立っていたんだろう。
「こういうこと、よくあるんですか?」
食堂に向かいながら、わたしは思わず聞いてしまった。今後も、あのように、獣化したことで気が立っている獣人がいるのならたびたび、今日のようなことになるかもしれない、と思って。
「いやあ、割と珍しいっすよ。子供の頃はそうでもないですけど、そもそも獣化したときに感情が引っ張られるような歳の子供が騎士団に入ること自体そうそうないんで」
聞く感じ、結構幼いんだろうか。子供、っていうと、やっぱり学生くらいのイメージだけど、カインくんだって、前世で言う高校生くらいの年代に見える。この世界の人間がいう子供って、どのくらいなんだろう。
「何歳くらいなんですか?」
「たしか……十三、とかって聞きました。正式な入団じゃなくて、見習いの見習い、みたいな感じらしいっすけど」
十三。思った以上に幼い。そりゃあ、子供、と言われても仕方がない。むしろ、大人と一緒に混ざって活動することが可哀想なくらいだ。まだまだ働けるような年齢じゃない。
「どうしてそんなに幼いのに……」
「名前は忘れたんすけど、どこだかの孤児院が潰れたらしいっすよ。そこの孤児が、十歳未満は他の孤児院に行って、十歳以上は働きに出された、とかで、第二騎士団にも何人か来てるんです。獣人はあいつだけっすけど。領地直営のところだったと思うんすけど……」
どこだったかなあ、とカインくんがあごをかきながら言う。思い出そうとしているらしい。
でも、領地直営の孤児院が潰れるって、よっぽどだ。どこの領地か分からないけれど、家が傾いている、と言っても過言ではない。一代、二代のうちにどうにかできなければ、あとは時間の問題で没落。
領地は一度王家に戻って、新しい貴族家を作ってその家に預けるか、そうでなければ周辺の貴族家に平等に分配される。
――でも、そんな話、聞いたことがない。そんなことが起きてるなら、流石に話題になりそうなものだけど……。
それとも、パーティーはともかく、友人が少ないわたしは、そう頻繁にお茶会へ出席しないから、情報がまだ届いていないだけなのだろうか。
「ブルー……ブル、ロ、ラ……ううん、忘れちゃいました。自分もちょっと聞いただけなんで。すみません」
ブ、から始まる貴族家はいくつかあるけれど……。まさか、ブロデンド子爵家じゃない、よね。
でも、第二王子の婚約者のいる家だ。王族に嫁ぐ娘のいる子爵家が傾くわけがない。
なんとなく、嫌な予感がしつつも、食堂についたわたしは、カインくんと一緒に昼食を取るのだった。